人は、見たいものを見ている
皆さま、ごきげんよう。
繋ぎ屋 ryubonです🍀
人との関係の中で、
同じ出来事なのに、受け取り方がこんなにも違うのか
と感じることがあります。
人間関係の誤解
例えば、
相手の態度が少し変わったように感じたとき。
「嫌われたのかもしれない」
「何かしてしまったのかもしれない」
そんなふうに考えてしまうことがあります。
でも別の人は、
同じ出来事を見ても
「忙しいのかもしれない」
「たまたま余裕がなかったのかもしれない」
そもそも、
何も気にすることはないかもしれない。
そんなふうに受け取ることもあります。
同じ出来事でも、
見えている世界が違うんです。
自分責めにつながる思考
以前の私は、
人とのやり取りの中で少し空気が変わると
「私が悪かったのかな」
「何かしてしまったのかな」
そんなふうに
すぐ自分に矢印を向けていました。
今思えば、
出来事そのものよりも
自分の解釈で
意味を作っていたのだと思います。
出来事が変わったわけではないのに、
見方が変わると
感じ方も少し変わっていく。
そういう経験を
少しずつ重ねていました。
見たいものを見ている
人は、
出来事そのものを見ているようで
実は
自分の経験や思考の癖、心の状態というフィルターを通して
世界を見ています。
だから
不安が強いときは
不安を裏付けるものが目に入りやすくなる。
自分を責める癖があると
「私が悪い」という証拠ばかり
見つけてしまう。
本当は、
出来事そのものよりも
その出来事をどう解釈するかで
見えてくる世界は少し変わります。
でも
フィルターが少しゆるむと、
出来事を俯瞰して見られるようになる。
すると
それまでとは違う見え方に気づくことがあります。
おわりに
もしかしたら、私たちはいつも
見たいものを見ているだけなのかもしれない。
そう思えるようになると
出来事の意味は
少し変わってきます。
事実と解釈のあいだに
ほんの少し余白が生まれる。
その余白があるだけで、
人との関係は
少しやわらかくなる。
そして
見え方は、
少しずつ選べるようになっていく。
もし今、
似たようなことで
自分を責めてしまっている方がいたら、
対話を通して整理してみるのも
一つの方法かもしれません。
読んでくださってありがとうございます。
今日はここまでで。
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