見出し画像

オートマティック孤独

 言語は、歴史と文化に深く精通している。異郷の地を放浪していたジョンは日本人の荒木に拾われ、日本語を学ぶ内に、すっかり日本人のような調和性と姑息さを取得していた。荒木の住む“アパートメント”とやらは、余りにも脆く不穏だが、今ではこの湿っぽさも好きである。
「貴様は語学の天才だ。この私に日本語を教えられたのは貴様しかいなかったであろう」
「気安く天才なんて言葉を使わないでくれ。ウンザリなんだ、他人に評価されるのは」
「無職なのが惜しまれる。通訳の仕事等すればよいのに」
「俺、人、苦手。コミュ障。終わり」
 会話が苦手だからこそ、その、会話の中身の部分を担ってもらえる通訳の仕事は荒木にとって適任だと想像したが、どうやらそれほど簡単な話ではないらしい。会話が終わったので、ジョンは午後の公園で荒木が拾ってきた蜘蛛の脚を一本一本喰み進めた。

 居候から一ヵ月が経った頃。荒木が、寿司でも食いに行こうと言い始めた。“外食”というのは友好の証であるというのを知っていたので、ジョンは嬉しかった。特徴のある目さえ隠しておけば、少し顔色の悪い黒人にしか見えないだろうとのことだったので、ジョンはサングラスをかけて、平日のはま寿司へ二人は向かった。
「回転寿司は素晴らしいな。昔はレーンの上で己の肉を露にした寿司たちが、娼婦みたいに一つ一つの卓を回ってたんだろう?」
「タッチパネルの方が効率的にエビを摂取できる。お前、甲殻類しか食わねぇんだから」
「効率性はロマンを阻害する。私の国にはロマンがない」
「行き過ぎた効率性は寧ろ、俺にとっては近未来を想起させてくれるけどな。お前の国では、口を開けていたら自動的にメシが喉元を通っていくんだろ?」
「少し近いけど違う……。これ、エビとかカニとか、殻付きで提供してくれるメニューはないのか?」
「ロマンティックだ」
 後にも先にも二人で外食したのはこの一度きりだった。饒舌な荒木を見れて楽しかったジョンだったが、寿司は口に合わなかったのだ。

 迎えの舟が上空で漂っているらしい。偶然にも、「UFO」と呼ばれる、地球人がイメージする通りの、円盤が回転する機体だが、不可視光特殊迷彩で一般人には舟は見えない。あまりにもあっさりと、荒木とジョンの別れは訪れた。
「寒くなる前に帰れて良かったな。虫、冬にはいなくなるから」
 荒木に買ってもらったクロックスを履きながら、ジョンはあることを思い付いた。「貴様を観察して思ったが、貴様は余りにもこの国の社会性に馴染めないでいる。どうだ、荒木も私たちの国に来ないか?」
 荒木は目を見開き、ジョンを見つめた。しかし、ふと目を逸らして不敵に笑った。
「俺はこの星にいたからこそ、お前の役に立てた。こんな中年オヤジ、連れてっても意味ねぇよ」
「そんなこと……」
「足、引っ張りたくねぇんだ」
 荒木の力ない言葉は、しかし、何よりも重く、この場に留まることを主張していた。
「さよなら、荒木」
「さよなら、ジョン」
 “握手”という礼儀を交わし、ジョンは玄関の扉を閉めた。舟まではテレポーテーションする。
 発進した直後、ふとアパートメントを見下ろすと、荒木が地面に這いつくばり明後日の方向に何か喚いていた。
 やっぱり俺も連れて行ってくれぇと叫んでいるように見えた。

いいなと思ったら応援しよう!