色彩心理講座を受けて、色を思い出した話 前編(色彩心理受講 備忘録)
「珊瑚色について思い浮かぶものは?」
と、質問された時に「はあっ?」と頭が真っ白になってしまった。
この世にはいろんな色が溢れていて、色彩豊かな時代に生きている。
なのに、何も思い浮かばない。
質問の意味を理解するのに時間が掛かってしまう自分に驚いてしまいました。これでも、カラーコーディネーター3級を持っていて額装という仕事をしていたのに・・色についてのイメージが出てこない。
もっと言うなら【絵を描いて展示活動】しているのに、色のイメージを聞かれて全く答えられない自分に驚愕しました。
「どうした・・私に何があった?」
2023年の年始に突然【描きたいもの】が出てこなくなり、何とか描くために過去絵を振り返り【描きたい何か】を探さなくてはいけなくなった。
「描けなくなったのなら、辞めればいい」
と言われるかもしれませんが、「もう描けなくなるのは嫌だ」という恐怖感が私にはあって【辞める】という選択肢はなかったのです。
《描くものを探す為に自分を振り替える作業》を続ける中で、自分には足りないものがあると気が付きました。
恥ずかしい話「自分が楽しいと思える事」を聞かれても答えられない人間でした。絵を描く事は確かに《楽しい》という言葉が当てはまるけれど、描いた後に満たされる事がない。体感的に〈楽しくて満たされる〉記憶思い浮かばないのです。
〈わくわく〉とか〈どきどき〉というものが私には無い。
色彩心理講座を受講する中で、
〈自分に欠けているものは何か?〉
〈自分は昔に何を置いてきてしまったか?〉
自分の色に対する印象を紐解く中で明らかになったことがたくさんありました。
「自分は何がしたいのか?」
その疑問に行き着いた2023年、私は色彩心理講座を受講することにしました。
誰しも一度はたどり着くだろう疑問、その答えを見つける方法の一つとして参考にしてもらえたらと思います。
色彩心理講座 原色編
〈赤〉昔に置いてきた色
「嫌いな色」
画面から目を背けるほどにその色は強すぎる印象がしました。
受講は対面とオンラインを選べるのですが、人混みが苦手な上に天候に体調が左右される私はオンライン受講を選びました。
オンライン用に教材を作ってくれていたので安心して学べます。
しかし、画面に映ったその色をまともに見ることができません。
「波長が高い色だから画面で見るときついかも知れませんね」
リリ色彩心理講座の講師である小池安雲さん(アグモさん)説明を受けました。
色は「波長」で光は無色。
波長により、光は色になると教科書にも載っていました。
促されるまま〈赤〉から受けるイメージを思い浮かべると
「嫌い」「強い」「激しい」「息苦しい」「眩しい」「情熱」「圧が強い」
「強制的」「暴力的」「血の色」「眼に悪い」「酔う」
「見ているとストレスを感じる」
自分でもあまり良いイメージを持っていないように感じる色です。
まず衣服に選ばない色で身に着けない。
部屋には置かないし、置きたくない。
しかし、薔薇は赤を選ぶことが多い。
直感で選んだ色は、意識していない本心を表す。
そして、意味には「バランス」がある。
というのがリリ色彩心理でのとらえ方らしい。
そして、自分のイメージに立ち戻るとあまりにも良くないイメージが多すぎる事に気が付きました。
色彩心理での〈赤〉のイメージは
「肉体」「大胆」「情熱」「血」「行動」「はじまり」
「血の色」という言葉に思い当たるのが「家族」です。
思えば「家族」の楽しい記憶は残っていません。
アルバムを見るとそれなりに普通の幼少期を送ってきたようですが、年を取ったのか浮かびません。
思い出すのは、学生時代の辛い記憶。
中学時代に父が仕事のストレスで鬱病を患い家庭環境が一気に変わってしまいました。現在は、少し鬱病についてオープンにできるようになってきたように思います。しかし私が中学生の頃は、「心の弱い人がなる病」と他人に話してはいけないような悪い印象がありました。
実は私も父と同じく鬱病を患い一年半ほど家から出れない生活を送ったことがあります。毎日、自分の存在が無価値に思えて生きていること自体が苦しい日々でした。
その苦しさは、なったものしか分からないかもしれません。
今では「心が弱いのではなくて、真面目過ぎて考えすぎたので脳がショートした状態」なのですが、当時の私はその知識がありませんでした。
家族の会話と言えば、泣き声や怒鳴り声。
感情的になった両親から聞きたくない言葉を言われたこともあります。
当時の両親と年が近くなった今では「親も人」強い生き物ではないと理解できます。
しかし中学生にそれを理解しろというのは無理がある話です。
当時の私はその場を生き抜くために取った行動は〈喜怒哀楽〉を意識的に辞める事でした。
〈喜ばない〉
〈怒らない〉
〈悲しいと思わない〉
〈楽しい事を考えない〉
今振り返るならその行為は〈自我を無くす〉事なのですが、当時はそうしないと生きてはいけない気がしました。
【血】が差す意味に家族・絆があります。
私が〈赤〉を嫌いな理由は、家族の絆の脆さを多感な時期に体感してしまったからではないのかなと思います。絶対的な信頼関係が不安定になる恐怖は今でも思い出したくありません。
絆を意識しお互い思い合えればよかったのだけれど、当時の私はそれが理解できず家族でいる為に【自我】を閉じそのまま生きてきてしまいました。
講師である小池安雲さんに毎回セッションでも言われる言葉があります。
「卯月さんは数秘術では情熱的な人なんですよ」
何度言われても「そうなんですかね」と好意的に受け止められません。「情熱」とは自我があって初めて意識するものだと思うのです。
それを好意的に思えないのは、若い頃に自分の意思で置いてきたモノだから「認めたくないのではないのかな」と振り返ります。
今でも赤は身に着けたりできません。
でも、私が〈赤〉から感じるイメージの中に「情熱」があったのは興味深い気がします。
赤い薔薇は好きな花の一つです。
薔薇を選ぶときには、赤から選ぶ気がします。

〈青〉救われた色
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色彩心理講座を受けて、色を思い出した話
不意に訪れる価値観の変化ときっかけとなった色彩心理の受講の備忘録。 ペン画制作の十年目の節目に、なにも浮かばなくなり過去を振り返る事を思い…
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