ベイトソン先生へ 最後の一文を訂正ずみ😅
ベイトソン先生へ
今、ゼリーは統合失調症っぽくなっています。
とても辛いです。
ただ、治ってきてるのです。
とてつもないデッドロードなのですが、、
妄想している自分に気づくことは この上ない痛みです。
治っていく実感として、周りのひとのやさしさと 信じることが重要だとになってくるのだと思います。
意識する以上の実感的信用と体験的信頼です。
もうひとつ大事だとおもっていることがあります。
それは、「精神的トラウマを敢えてはなすこと」だとおもいます。
具体的に言っていくと、癒着した傷があったとしても、それを いろいろな時点と 視点で はなすことだと 考えています。
精神的トラウマが 身体にも心にもしみている状態だと ゼリーが言えること自体が、すでに解決と回復の🔑なのです。
身体と心の実感を ちゃんと分けて 語っているから、癒着の第一次的解除行為を 行っているとも言えるはずです。
それ自体が 自分が妄想してしまっていることを自覚できている とも言えるから、治っていってるとも言えるのではないでしょうか?
トラウマ的傷が 身体にも 心にも しみている
妄想やトラウマを 身体と心を一時的に ゼリーが区別して実感している と発言することが、また 病から治って、心身が再統合するまでの過程だと 自らの実体験から なんとなーく推測しています。
🌟癒着を差異化していくために、ズレてきた違和感とトラウマを言語化していく
離人感とは 別の話であることを ここに 記しておきます。これは 無自覚なものだからです。
ゼリーは 敢えて実感と違和感を意識し、辛いながらも 心身の痛みがズレてきていることを 言語化しているだけなので、離人感とは別個のものと おもっています。
不登校経験を語るのも これに近い過程を経るのだと ゼリーは経験者として、そう考えています。
もうひとつ、
癒着の第二次的解除行為を いま、ゼリーは行っています。
それは、似たような行為を 相手から行われたと感じてしまったとき、こわいからやめてほしいと伝えつつ、過去と今を分けながら語るってこと です。
これは過去のものだ と言えること。
過去形で言えているか。
誰が過去にやって、今は誰が行なっているのか。
言いながらも、その場で やめてくれとも言いつつ。
それが、治療的ダブルバインドをされているのだと わかりながら 言える必要もあるかと。
これらが大事になってくる とおもいます。
行われたのは過去なのか、今なのか。
今行われているとすれば、私の経験が教えてくれる。
「どの内容とかさねて、"今も行われているはずだ"と ゼリーが感じで想っているのか?」を振り返るってこととも いえます。
今、ゼリーがこわがっていることそのものは まるで現実かと思わせるほどの恐怖なのです。
でも、過去なのです。
今を 過去と誤解しているのが、妄想という回路の癒着だとおもいます。
回復してくると、恐怖を感じてはいても、心の奥では そのズレすら両行的に実感できるようになっていきます。
とてつもない違和感のなかなので、しんどさもMAXですが、語ることができているなら、まだ大丈夫です。
楽しいことやさしさにも 触れることが大前提とはなるでしょうが(^◇^;)
本当に恐怖の対象ではないはずなのに、それを疑問には思っていても、身体が過去の恐怖などの感覚を想起している状態。
これをはなしていくと、どんな恐怖も 素敵なものに語りなおすことすら 可能になってきてます。
その恐怖は、その相手を 大事に 大切に想っていたし、今もそう想っていなければ、決して出るはずがないものです😊
治療的ダブルバインドを 患者として、クライエントとして、ゼリーが治療者から受けつつ、ゼリー自身が 上記全てを 語り続けること。
死の道に居ることは この上なく辛い。
ですが、 こう語っている時点で、 ゼリーは生きているのだ とも言える。
デッドロードとて、生きてなきゃ体験出来ないしろものです❗️🤣
ベイトソン先生がもし この語りを お聞きになったら、どんな顔をなさるでしょうか?
「ナンセンスだ」と断言して評価をするなんてことはなく、冷静に 淡々と お優しく、持続をうながすはずです❣️
なーんて、ゼリーは考えています🤣
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