2022年の夏のロードトリップ イタリア編🇮🇹③Firenze-Pisa
前回の記事の続き
大まかなスケジュール
Belgium→Innsbruck (Austria) →Venezia (Italy)→Firenze →Pisa→Bologna→Rome→Ostia antica→Avignon(France)→HOME
Day7
ヴェネチアから車で南下し4時間。Firenze入り。
テントのベースはこちらに構える。
この日は少しゆっくり⛺で過ごす。

Day8
キャンプベースより車で1時間半程はしり向かうはPisa

「ピサの斜塔」は本来は大聖堂に付随して建てられた鐘楼で、当初ピサの斜塔の高さは100m以上になる計画だったが、3層まで工事が進んだ1185年から地盤が軟弱さが理由で、塔の重さで南に傾きはじめ、工事は中断されてしまったという。
1275年頃から工事は再開を試みるも、傾斜は急速に増した。
それに対する対策として上層階の中心側をずらしながら建設を続け、14世紀半ば、計画の半分の約55m、8層構造の鐘楼で完成とした。
鐘楼の内部は空洞になっていて、直径17mの円筒の中に294段のらせん階段が頂上まで続いており、登ることができるが、今も傾き続ける鐘楼部分は立ち入り禁止で、傾斜が毎日測定されている。
ピサの斜塔の最上階には7つの鐘がある、
現在では鐘を鳴らすことで傾きが増すことを恐れ、鳴らされていない。

11世紀にピサは自治都市として繁栄し、イスラム軍との「パレルモ沖海戦」において勝利を収めた。それを記念し、ピサの威容を示すために大聖堂を建てた。建設期間は2度に分かれて長期間に及んだ。建設には多くの芸術家と建築家が携わり、多様な建築技術や装飾が用いられています。
ギリシア人のブスケットの設計により着工し、12世紀にライナールドによってファサードが完成。
ピサ大聖堂の建築様式はロマネスク様式とされ、代表的な建築だが、随所にローマ時代やビザンティン文化を反映しています。
身廊の両脇には宗教画や彫像が連なり、円陣のモザイクとフレスコ画は実に見事。中央祭壇上部のフレスコ画「玉座のキリスト」は圧巻。

天井が高く、列柱廊からうまく採光されていて、大きく描かれた天井画も奥行きをより感じることができる。

聖堂内の雰囲気はとても豪華で厳か。大聖堂の中には聖ラニエリの遺骸がガラスの棺に保管されている。

扉が非常に印象的過ぎて、聖書について真剣に記事を読む私。

洗礼堂の直径は約35m、高さは54.85mある。
白大理石でできており、上部は尖塔を有するゴシック様式、下部は列柱とアーチによるロマネスク様式、の混合建築です。
1152年にディオティサルヴィの設計によって着工したが、完成までには約200年強を要し、13世紀にはニコラ・ピサーノとジョヴァンニ・ピサーノの親子によってゴシック様式が取り入れられ完成を遂げた。
ピサーノ親子はここのほとんどの彫刻を創作した。
天井がとても高いので、音響効果が素晴らしいことで有名。
時々音響の体感ができるデモンストレーションが行われています。

この彫刻もピサの巨匠、ニコラ・ピサーノの傑作。
六角錐のこちらには、イエス様の生涯が彫られている。

ドゥオモ広場の北側にある墓所は、ピサに住む貴族の墓所として13世紀後半に着工され、14世紀末ごろに完成。
白大理石の回廊に囲まれた、美しい長方形の中庭を歩くことができる。
回廊にはかつて多くのフレスコ画が飾られていたが、第二次世界大戦の戦火で大半が焼け落ちてしまった。戦火から逃れて残った画には圧倒される迫力が宿っていました。
なかでも有名なのは「死の勝利」

しかし個人的に心奪われたのはこちら

死後の世界には天国と地獄が描かれている。
何故か私には地獄が主題の絵に見えてならなかった。
飛行機やSNSの無い時代。
何故、世界中で地獄が描かれたのだと思う?
神はいろんな国で形が違うのに。
何故こんなにも、どの国の描く地獄が似ているのだと思う?
まるでこのサタンたちが実在したかのように。
中庭は静かで、自分の内面、そして生と死に
向き合えるような落ち着いた場所でした。
そんな天界と地の境目の様な場所を後にし、
ランチを取りました。もう夕方でしたがw
少しじっくり見すぎてしまいましたね。

私の選んだのは王道マルゲリータ。ボス君(パートナー)はTonno。
Tonnoはツナ、マグロのピッツアです!
そして興奮しながらピザを食べていると、
鼻息の荒い音が…

こちらも興奮気味にどでかい木を自慢気に運んでいました。
そこどけ、そこどけ、お犬様が通る🐶♡
観光客の群れもお構いなし、みんな道を開けてゆく。
そんなのんびりも、心のざわついたピサの日。
続く…
