母が遺してくれたもの 〜田舎のねずみにも町のねずみにもなりきれない私
母が亡くなり、先日葬儀(6/1)を終えた。
母が入院してから何度か会いに行った。
最初はしっかり会話ができたが、二度目、三度目はもう弱っていた。
亡くなった知らせを受けた時、電話口では取り乱さなかったが、
電話を切った後、ぼんやりとし涙が流れた。
これが永遠の別れだとは思っていない。
というより、そう思わないようにしている。
棺に入れた、母への手紙のメッセージには、
「また会おうね」と私は書いた。
最後を看取ってくれたのは姉だった。
姉は私を迎えに来てくれ、一緒に実家に向かいながら、母のことを話してくれた。
どこも痛むことなく、静かに眠るように旅だったようだ。
母は亡くなる数日前、
「迷惑かけたね~」
と言ったという。
姉は、
「そんなことないよ、私達も沢山迷惑かけたんだからそんなこと思わなくていいんだよ」
と返してくれたらしい。
その話を聞き、姉が自宅に物を取りに行ってる間、私は堪えていた涙が溢れた。
母は朗らかな反面、頑固さもあった。
でも、必ず最後は感謝を忘れない人だった。
葬儀では、何年も会っていなかった親戚や近所の人達も集まっていた。
田舎の人達は素朴で飾らない、暖かさがある。
私も自然と田舎弁に戻り、その空気の中で癒されていた。
葬儀の二週間前、母の見舞いで帰省した時、まだ行ったことのない神社に行きたいと思い、訪れたのが東北で広く知られている鹽竈神社だった。
葬儀の斎主がその鹽竈神社の宮司さんだと改めて知った。
十五年前、父の葬儀も同じだったのに、田舎の葬儀が神事だったことに、今更ながら印象深く感じた。
神事では、榊に思いを託し捧げる、玉串奉奠という儀式がある。

神事では、故人の生きた証を、ありのまま言葉にして読み上げていた。
仏事では、お経の中に織り込まれる印象だったので、その直接さに驚いた。
仏事では故人は成仏し極楽浄土へ向かう。
神事では魂は守護神となり、神になる。
神事の最後に読み上げられた祝詞には、伊邪那岐や天照大御神、瀬織津姫など、古事記につながる言葉が含まれていて、私は心を動かされた。
学校では教えないこと。
生死についてもそうだ。
人にとって大切なことほど、私達は教わらない。
「神と仏の違いはなんだろう?」という問いが、顔を覗かせた。
その後、動画を見ていた時、流れてきた本の宣伝広告、田中英道氏の『日本創世史』が目に留まった。
「なぜ神道は仏教を受け入れたのか」
の言葉に惹かれ、即本を購入した。
「シンクロ」なのか、「アルゴリズムだ」とも言えるかもしれない。
「神と仏の違い」を問いてから、私の無意識は答えを探し始め、問いがそれを動かしていったのだと思う。
それとも、母から送られたシグナルなのか。
皆との穏やかな対話を楽しみ、通夜と葬儀を終え、新幹線で帰路に向かう。
東京駅に着き、人混みの流れに乗って歩き始めると心がざわつき、
心の中でつぶやいた。
「また始まる、いつもの生活」
夜、地元駅に着き、薄っすら寂しい気持ちで歩きながら、「田舎のねずみと町のねずみ」の話を思い出していた。
母から学んだことは大きい。
私は、世の中の矛盾や違和感に葛藤しながら生きてきた。
一方母は、自然の中で暮らし、時代と折り合いをつけながら生きた人だった。
いつも笑い、些細なことにも感謝し、食べ物を大切にし、自然の知恵を使いながら家族を支えてきた。
私は生意気なところもあったが、心の底では母を深く尊敬していたことに、年齢と共に感じていた。
土いじりをするようになってから、本来の自分に帰るような感覚になる。
でも私は、田舎のねずみにも、町のねずみにもなりきれない。
都会の便利さや、人との程よい距離感も、今の私には必要だと感じる。
母から学んだことを抱えながら、私はこれからも、田舎と都会、その間を揺れながら生きていくのかもしれない。
家に着き、玄関を開けると二匹の猫が待っていた。
「どこ行ってた?」
と言わんばかりにまとわりつく猫たちに、私はホッとした🐱✨
