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今しか書けない。今だから言葉にできること

もう少ししたら、いまの職場を辞めます。とはいえ、あと数ヶ月あって。年単位のプロジェクトへはさすがにお声がかからないものの、思ってたよりも色んな仕事を振られてる日々です。

辞めることを、ごく一部の人しか知らないからかな。わたし自身も「はぁ、わかりました」という返答で業務を請け負ってます。

なので、未だわりと忙しい。でもその割に、心穏やかに過ごせてもいて。我ながら不思議です。心の持ちようひとつで、同じ環境に対し、こうまでも感じるところが変わるのかと思いました。

思うに、辞める決心をするまでは、この先にも続くであろう未来を予想して絶望してた。たったいま目の前にある出来事へ、“将来に起こりうる付加価値”なる重しを乗っけては、「そんなの絶対に対処できない。無理、無理、ムーリー!」と叫ぶように思ってた。

その証拠に、最近は似たようなことが起こっても受け流してる自分がいる。そんなもんかと、フラットに対処し、次々にさばいてくことも出来る。あの感情的に怒ってた過去は、一体何だったんだろう。

この心の余裕を持ちえてたなら、辞める必要はなかったのかな。頭によぎることがあります。でもこの余白が生まれたのは、辞めると決意したからで。なんとも皮肉な矛盾。

残りの毎日は淡々と丁寧に、仕事にあたれればいいな。わたしの希望です。

大ぴらに言う内容かしら。書いてて思うところではありました。でも、今しか書けない。今だから言葉にできるところ。

「何とまあ、ふてぶてしい」と思うのか。「そうだった。慌てるでもなく、凪のような心持ちでそういや居たよ」と感じ入るのか。その判断は、数ヶ月後である未来の自分へ託します。きっと客観的に判断できることでしょう。

この記事を読んでくださった方は、どう思われるのだろう。書き記すことで、ドキドキしてる私もいます。

勤め上げないって、どうやーねんと思う、後ろめたさが理由なんだろうな。しゃーないですよね。それも含め、己でいっぱい考えて出した結論なんだもの。苦さも携えるのだ、わたしよ。

こうして書き残しててよかった。たくさん考えるキッカケになった。そう思えるように。今夜は思うままを書きつづります。

では また

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