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わたしのアオハルは、熱い

青春とはなんぞや。そんな遠い目をしてしまうほど、遊んでなかった当時。何をしてたかって、勉強してたなー。

中学生のとき、特に中3になった頃は、週3回は夜の7時から塾へ行って、9時過ぎ終わり。平日だから、翌朝は中学校へ行きます。

たまに日曜日も塾の無料講座を受けに、電車を乗り継いで行ってた。週末は模試も多かったし、勉強に明け暮れて。国立の高校を目指し、とっても励んでた。

で、見事に不合格となり(あらら涙)、公立の高校へ行きました。ええ、人生甘くない。

続いて高校生活は、と言うと。やっぱし年次を重ねるにつれ、週3回で河合塾に通う日々。なんなら大阪まで電車で行ってました。時間はやっぱし、夜の7時くらいから始まり、夜は9時過ぎに終わる。土日は模試か、家にこもって勉強でしょ。ほんと、よくやってたよ私。

弟がいることもあり、国立の大学が絶対でした。父の仕事が忙しかったこともあり、母の元来の性分もあるのでしょうけれど、わたしと母の「愛憎」と言っても差し支えない、二人三脚で走った受験時代でした。

いやー、頑張った。母さんもだけど、わたしも相当がんばった。中学、高校と合わせた6年間という長い間を、一生懸命やったよ。

じゃあ、大学は晴れて合格したのか。これがですねー、やっぱそうじゃなくて涙。前期も、滑り止めも落ちたんですよ。もうびっくり。気落ちしたよ、ヤバかった。わたしだけじゃなく、母も相当きてた。もうね、言葉になんない衝撃でした。

後期にて受けた大学で、まさかの合格となり、わたしの人生は続いていったのです。なぜまさかかと申せば、募集定員に対し、20倍を超えた倍率の受験者数だったんですよね。この数字に信じられず、当日の人数を数えましたもん。はい、本当でした。チーンとなったのを覚えてます。

でも大人となった今だからこそ、振り返って思うの。我が両親がすごい。

塾代も家計をずいぶん圧迫しただろうし、夕飯の準備も、送り迎えもいる。自分の時間に、ましてや自分のお金なんて、全くなかったろうに。

あの頃はその凄さへ、1ミリも気づいてなかったけど。どうして、そこまでしてくれたんだろう。底なしの愛情に、涙が溢れてくる。

いっぱいケンカもした。「わたしがお願いして、お金かけてもらってる訳じゃないのに。なんでそんな怒られなアカンねん」て、泣きながら言ったこともある。“ある”どころじゃない。いーっぱいある。

でも気づけば一緒に、全力で駆け抜けた。思い出しては、泣いてまいます。父、母の存在がありがたい。

そんな青春だったのでした。では また

Day11:青春のすべてを賭けたこと
#30日書けるプログラム



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