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新疆ウイグル自治区から届いた詩のような映画「ボタニスト」

「ボタニスト 植物を愛する少年」(ジン・イー監督)

舞台は新疆ウイグル自治区の村。
主人公はカザフ族の少年で、祖母と兄と暮らしている。
植物が好きで、観察し、採集し、大きなノートに植物標本を作っている。

両親の姿がない事については映画の中では特に言及されていないが、同地区の出身だという監督のインタビューによると、この地域の村では両親が街に出稼ぎに行っていて、祖父母が子供の面倒を見る、というのがわりと一般的だという。

兄は少し前まで上海で暮らしていたのだが、何か問題を起こして帰って来たらしい。
いつもスマホで誰かと話している。

村の近くの道路にはトラックが頻繁に通り、ラジオからは新疆地区の豊富な資源とその発展についてのニュースが聞こえてくる。

少年は一人の少女と出会う。
同じ年頃の漢民族の少女。
ふたりは仲良くなって一緒に遊ぶようになるが、ある日少女は家の都合で上海に行くことになったと少年に告げる。
カザフスタン国境からわずか5kmほどしか離れていないこの村から、上海はあまりにも遠い。

と、まあそんな話なのだが、こういう材料から普通に思い浮かべるような映画とはちょっと違う。

少女との出会いと別れも、兄の都会への想いも、開発が進み村の静かな暮らしが変化しようとしていることも、どれもドラマチックに描き出すことのできる題材だが、この映画はそういう描き方はしない。
これが監督第1作だという若い監督の、そういうドラマチックな描き方はしない、というはっきりとした意志が感じられる。

すべてがもっと静かに、ノートにはさまれた植物標本のように描かれる。

「奇跡のような美しさの中で紡がれる寓話的映像詩」というのが公式ホームページでの宣伝文句だが、たしかに「物語」よりは「詩」に近い映画だと思う。
ただ「寓話的」なのかどうかはわからない。
どんな「寓意」があるのか私には読み取れなかった。

見ていて退屈に感じてしまうところも正直あった。
それは、この映画の「詩」としての表現力が弱いからなのか、それとも単にこちらが、映画を物語で見ることに慣れてしまった目で見るために退屈に感じてしまうのか、それがちょっと判断がつかなかった。
そこら辺を確かめるためにもう一度見てみたい、と思うのだが、そろそろ上映も終わりそうで見に行く時間がとれそうもないのが残念だ。

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