「競うな」─発達特性と任天堂が教えてくれたこと
20年前、当時ソニーのPS3、マイクロソフトのXbox 360の2強。
処理速度でも映像でも、どちらも圧倒的だった。
任天堂のWiiは、スペックだけで言えば話にならなかった。
それでも任天堂は、スペック競争に乗らなかった。
この決断を支えたのは、三人の哲学の継承だった。
任天堂創業者の山内家系を継いだ山内溥が繰り返した言葉がある。
「同じ土俵で戦うな、自分の土俵を作れ、他社の類似品は出すな」
模倣ではなく、独創を根幹に置く。その文化を任天堂に刻み込んだ。
横井軍平はそれを技術思想に落とした。「枯れた技術の水平思考」──
最先端でなくていい。すでに世の中に定着した技術を、
誰も思いつかなかった組み合わせで使う。ゲームボーイがその結晶だった。
山内溥が2002年に退いた後、岩田聡がその哲学を引き継いだ。
「あまりゲームをしない人」という市場を切り開いた。
スペックで戦わず、土俵ごと変えた。
スペック競争に乗り続けていたら、任天堂は「劣化版PlayStation」で終わっていただろう。
これを知ったとき、なぜか他人事に思えなかった。
自分はいわゆる「普通」な人になれなかった。
ちょっとした雑談についていけない。急に話題が変わると頭がついていかない。
複数の作業を同時にこなすことができない。時間を忘れ先送り。そのくせ、
ちょっとした音が気になって仕方なく、それだけで集中が途切れる。
気がつけば、周りの足を引っ張っていた。ミスをする。遅れる。
また迷惑をかける。そのループが、何度も繰り返された。
「普通に生まれていれば、こんなに苦しまなくて済んだのに」
そう思ったことがある人は、たぶん少なくない。自分もそうだった。
所謂、発達障害と呼ばれる特性が自分の悩みの種だった
だからこそ、一つだけ知っておいてほしい。
発達障害の脳は、壊れているわけじゃない。機能していないわけでもない。ただ、エネルギーの流れ方に激しい凹凸がある。
あるチャンネルには120%流れていて、別のチャンネルには60%しか届かない。
脳の傾向が違うだけで、脳そのものは動いている。
発達障害が生きやすい社会の用意は国は後回し
問題は、社会がすべてのチャンネルに均等にエネルギーが流れている人を前提に設計されていることだ。
朝9時に出社して、マルチタスクをこなして、空気を読んで、帰ったら家事をして、休日に資格の勉強。
脳内の荒波に飲まれそうな人間に、「幅広くまんべんなく」を求めること自体が無謀な話だ。
薬を飲んでも、自分を矯正しても、定型の人に「近づける」だけで追いつくことはない。
どれだけ頑張っても「劣化版の普通の人」にしかなれない。
まるで任天堂がスペック競争に乗り続けた末路と、構造は同じだ。
土俵を変えるしかない。
ある職場で、毎日3〜4時間かかっていた手作業があった。
それは1000行以上のサンプルから正しく測定した数値を打ち込むだけのだが、数十回分のサンプルを毎度入力する必要があるのと項目が多くて入力する前にここの行で間違えがないかと確認するのに時間を取られていた。
そして、自分はこうした細かい作業を間違えやすい不注意のせいで
一度入力した後に50~80個分の入力間違えがないか。再度確認するのに1、2時間かかってしまっていた。
だがある日、誰も頼まれていないのに、自分が「これは仕組みで解決できる」と気付いた時
ファイルの命名規則を設計してExcelのVBAと関数を組み合わせて勝手に自動化した。
結果、作業時間は約45分で済んだ。2時間以上の時短を実現できたのだ。


そして業務を引き継ぎの際、報告会で発表したところ、
今までの報告よりも周りの反応が一番良かった。
雑談も、マルチタスクも、周囲の音も——あれだけ自分を苦しめていた環境で、
「非効率をなくす仕組みを考える」という一点だけは、誰に言われなくても、誰にも助けをもらわなくてもできた。
それが自分の、120%のチャンネルだった。
横井軍平が枯れた技術を水平線で新しい価値を生み出し、岩田聡が非ゲーマーという新しい市場を開いたように。
60%しか流れないチャンネルで戦い続けることをやめた。
エネルギーの大半が「普通を求める」維持コストに消えていく競争から降りた。
あなたの60%のチャンネルはどこか。120%のチャンネルはどこか。
自分だけのニッチを信じて特化できない人は価値を持って成功できる権利を得られない。
