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狂気は愛情の一番遠い親戚かもしれない

限界オタク♂、推しアイドル♀のコスプレをして本人に会いに行く。《アルロンさん》
こちらの感想記事です。

人は恋をすると少しおかしくなる。推しができるともっとおかしくなる。

この記事は「おかしくなる」を隠そうとしないところが最高で。

推しのコスプレをする。

この一文だけ抜き出せば完全に大事件である。しかも相手は女性アイドル。作者の性別は男。ふつうなら「いやいや」とツッコミながら読むところなのに不思議と嫌な気持ちにならない。それどころか読み終えた頃には「そこまで喜んでもらいたかったんだな」と笑ってしまうよりもなんだか胸が温かくなってしまう。

その理由はたぶん文章の軸が最初から最後まで「自分が目立ちたい」ではなく「推しに喜んでほしい」で一本通っているからだ。

ライブのためだけに500kmを日帰りで走る。課金する。衣装を集める。Amazonが何度も登場する。どれも客観的に見れば十分すぎるほど限界オタクなのに、本人は「はい、入院です」「お巡りさんこの人です」と自分へツッコミを入れ続ける。この距離感が絶妙で、「この人、自分がヤバいことはちゃんとわかってます」という安心感があるからこちらも心おきなく笑える。

終盤で空気が変わる。

散々笑わせておいて、推しの歌に救われたこと、仕事で疲れ切っていた自分を支えてくれたこと、応援とは結局「相手に喜んでほしい」という気持ちなのだと静かに語り始める。ここで初めてこの人が好きだったのは「アイドル」という存在ではなく、一人の人間だったのだとわかる。

あのどうかしているコスプレも笑えるのにどこか優しく見える。狂気だけを切り取ればネタだけれど、その根っこには感謝がある。

読み終わったあとに残るのは、「変な人だったな」ではなく、「こんなふうに誰かを応援できるのって、ちょっといいな」という気持ちだった。

……と思っていた。

ところが最後に、※印でさらっと書かれた一文を見て、全部持っていかれた。

「本作品は、向井しずくさんの許可をいただいて公開・応募しています。」

……ん?え、許可取ってるの?

というかしかも今でもつながってるの?

あれだけ「限界オタクでした」という過去形の思い出話を読ませておいて、最後の最後で「現在も交流あります」と何でもない顔で明かしてくる。その一文のおかげで、それまでの物語が急に「昔話」ではなく「現在進行形の関係」に変わる。

思わず頭の中で会話まで再生された。

「昔の限界オタク時代の記事を書いたんだけど、公開していい?」
「ぎゃあああああ!!!もちろん!!!!!」

そんな光景まで想像してしまって、最後にもう一度笑った。

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