その作品に、自分だけの輪郭が宿っていく
額装は、選んだ作品とどう在りたいのかを、静かに深めていく時間
クリエイターが描く作品は、どのような瞬間に、それを受け取った人の「物語」として立ち上がるのでしょうか?
今回、銀座 伊東屋のフレームコーナーを訪れ、その瞬間に触れる機会がありました。
作品に合う額は、ひとつではありません。
その作品を受け取る人の数だけ存在するとも言えます。
額に収められたとき、作品は周囲の空間との距離を結び直し、もうひとつの世界として輪郭を持ち始めます。
それは単に完成度が高まるということではなく、作品が「自分との関係の中でどう在るか」を考え始めるきっかけが生まれる瞬間でもあります。額装とは、作品を保護・装飾するためだけのものではなく、作品と空間、そして鑑賞者との関係性を自分の物語として紡いでいくものです。

銀座は、老舗と新しい文化が共存する東京を代表するエリアのひとつであり、その中心に位置する銀座 伊東屋は、1904年創業の歴史ある文房具店です。
銀座 伊東屋で開催されるRotten Donuts at GINZA itoyaのART Diggingでディグった作品を、K.Itoya(別館)のフレームコーナーにて、額装のプロからのアドバイスを受けながら、その作品に合う額を選ぶ体験も提供されています。
作品にあらためて向き合い、自分だけの一枚として深めていく時間は、かけがえのない体験です。その過程は、作品を「選ぶ」ことにとどまらず、自分のどんな感情や記憶と重なったのか、これからどのようにその作品と過ごしたいのか、深めていく時間でもあります。
また、額を選ぶという行為は、単に外側の要素を決めるだけでなく、作品との向き合い方にも影響を与えるように思われます。どの要素を引き立てたいのか、どのように空間に取り入れたいのかを考えることで、作品への理解や距離感が徐々に変化していきます。
実際に制作を行う作家にとって、額装はどのような意味を持つのでしょうか。

わずかな違いの中で、作品は変わっていく
今回私は、北林みなみさんがご自身の作品に合う額を選ばれる様子と、井手美沙音さん(vision track)が山崎真理子さんのエージェントとして額を選ぶプロセスに立ち会いました。
当日は、マネージャーの棒星さんのサポートのもと、さまざまなサイズや素材の額を実際に当てながら検討が進められていきます。額装のプロセスは非常に丁寧で、静かなものでした。複数のフレームを試しながら、作品の色味や質感、マットとの組み合わせによって、見え方の違いを細かく確認していきます。
一見すると大きな違いがないように思える場合でも、わずかな色や質感の差によって、作品全体の印象は確かに変化していきます。
その中で、あるフレームを当てた瞬間、作品の要素が自然とまとまり、全体のバランスが整うと感じられる場面がありました。
その変化は決して大きなものではありません。
しかし、そのわずかな差によって、作品との距離や見え方が静かに更新されていく感覚があります。

また、額を選ぶという行為は、単に外側の要素を決めることにとどまりません。どの要素を引き立てたいのか、どのように空間に取り入れたいのかを考えることは、作品との関係を深めていく行為でもあります。その過程を通して、作品への理解や距離感は少しずつ変化していきます。
そして、完成したあともなお、その作品について考え続けてしまう余白が残る。この「考え続けてしまう」という状態こそが、額装という行為の本質なのかもしれません。
では、実際に制作を行う作家にとって、額装はどのような意味を持つのでしょうか。
北林みなみさんにお話を伺いました。
「作品になる」瞬間について

ー額の素材や仕上げの違いによって、作品の印象が大きく変わる様子が印象的でした。 額を選ぶ際に、どんな点を大切にされていますか?
北林さん:
額を選ぶのは結構楽しくて、私はシンプルな額が好きなんですけど、シンプルな額でも木の色の種類や木自体の種類によって木目の出方が違ったり、枠の処理の仕方でニスが塗ってあるのか、木材そのものなのかによっても見え方が変わったりします。
同じ色の木でも印象が結構違うので、そういうところをこだわって選ぶのが好きで、今日もいろんな木の違いを見せてもらって楽しかったです。

ー額に入れたとき、作品の印象や完成した感覚についてどのように感じますか?
完成したあとにいつも思うのですが、絵がちゃんと場所に収まった感じがします。紙の状態だとまだ作品としての実感がないのですが、額に入れた瞬間に「作品になった」と感じられるんです。
今日も完成品を見せてもらって、これでもう飾れるという実感があり、ただの紙の絵だったものが作品になったと感じられて、とても良かったです。
他者の視点がひらく、もうひとつの見え方
また今回のように、エージェントという第三者の視点が加わることで、作品の新たな可能性が引き出されていく様子も印象的でした。
作家本人とは異なる視点から文脈を重ねていくことで、作品はこれまでとは異なるかたちで立ち上がっていきます。

ー 作家とは異なる視点から額を選ぶことで、作品に新たな見え方が生まれているように感じられました。 今回、山崎さんの作品の額装を担当されて、
どのような点を意識しながらフレームを選ばれましたか?
井手さん:
今回、担当エージェントとして山崎さんの作品を額装させてもらうということで、あえてご本人だったら選ばないかもしれない、という目線も大切に額を選ばせていただきました。
山崎さんの作品は柔らかな質感と淡い色合いが特徴的なので、木目調のものだけでなく、あえて光沢があったり硬い印象の額も試してみたいと思っていました。そのようなこちらの希望を踏まえつつも、絵ときちんと調和するような額を提案していただけたので、やはりプロのコーディネートは素晴らしいなと感じました。
私はイラストレーターのエージェントをしているので、イラストを納品した後、デザインと調和した瞬間を見るのがとても好きなのですが、今回の額装はその時の喜びともまた違う感覚がありました。もっと私的な、自分のための宝物をつくっているような感覚がありましたね。

マットの色についても作品の色味や額の色との組み合わせで無限の可能性があるのが楽しかったです。京都の桂川の橋と空を描いた作品については、よりその青が際立つよう、爽やかに真っ白なマットを使っています。
山崎さんの作品は「そっと寄り添ってくれる友人のよう」な温かさと爽やかさがあります。額装することで、よりその実体が浮かびあっていると嬉しいです。
自分では選ばなかったかもしれない一枚と出会う
さらに今回の展示では、作家自身ではなく、第三者の視点によって額装が行われるケースもありました。
そのことによって、作品の見え方にどのような変化が生まれるのでしょうか。

一人で選ぶのではなく、周囲の人の視点が加わることで、自分だけでは気づかなかった見え方にも出会うことがありました。 今回の額装はすべて井手さんにセレクトいただきましたが、ご自身で選ぶ場合との違いや、新たな発見があれば教えてください。
山崎さん:
今回の展示にあたり額装の全てをヴィジョントラックの井手さんにセレクトしていただいたのですが、あらためておまかせしてみるのは面白いなと感じました。自分では選ばないような自分に似合う洋服をセレクトしてもらうような感覚に近いかもしれません。今回額装していただいた 4つの額のうち気に入っているのは京都の桂川の作品と、空を描いた三連作品の額装です。桂川の作品は縞状に出た木目がとても美しく、牧歌的な雰囲気がより際立ったうえ、雄大な雰囲気が醸し出されたように感じます。
空の三連作品はそれぞれ違う時間の空を描いた作品ですが『時間の経過順』にひとつの額に並べていただき、とても可愛らしい感じに仕上げていただけたと思っています。普段私が額を選ぶと、どうしても汎用性の高いものを選びがちになってしまうのですが、今回ひとつひとつの作品に対してちがった額装をしていただき、額選びの楽しさと奥深さを再認識させていただきました。

作品は、受け取る人がどのように感じ、その作品とどのように在るのかによって、その人にとっての意味を帯びていきます。
額装というプロセスの中で、自分で選んだ作品と、自分が、どのように在るのかを静かに問い返してくれます。作品は見る対象から、自分の中での位置を持つ存在へと移っていきます。
銀座 伊東屋のフレームコーナーでは、自分が選んだ一枚が、少しずつ自分の物語として深まっていく、その過程に触れることができます。
本記事でご紹介した作品は、銀座 伊東屋にて開催中のPOP UPイベント内の展示「Letters in Between — あのひとの周波数」にてご覧いただけます。
その一枚が、自分の生活の中でどのように在っていくのか。
ぜひ、実際に手に取りながら、その過程を体験してみてください。
:: Event Info ::
□ Title
Rotten Donuts - Digging your scene - at Ginza Itoya
□ Date
2026/5/1(金) - 14(木)
平日 10:00 - 20:00 / 日・祝 10:00 - 19:00
□ Venue
東京都中央区銀座 2-7-15
銀座 伊東屋 本店
□ Credits
Planning & Curation:ubies Inc. / vision track inc.
□ Key visual design
植田正
写真:稲垣 謙一
インタビュー・編集:ビティエワ・エビリナ(ubies)
