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#300 父と私と中原中也|エッセイ&詩の朗読

(※この記事には、最後に詩の朗読音声が含まれています。ぜひ音声を聴きながらお楽しみください。)


エッセイ「父と私と中原中也」


「ホラホラ、これが僕の骨だ」

私が小学生のころ、
リビングのカセットレコーダーから流れていた、
ざらついた低い声。
それは、中原中也の「骨」という詩だった。

そのカセットテープを父は、
「いいものが手に入った!」と、
うれしそうに何度も聴いていた。

子供心にその詩が不気味で、父に文句を言う私。
あのカセットテープの声の主は、
宇野重吉だったか、米倉斉加年だったか。


中学生になって、私は中也の詩と再び出会った。

国語は得意だったから、
テストはいつも早く解き終わる。
手持ち無沙汰にテスト用紙を裏返すと、
そこに、中也の詩が印刷されていた。

「月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。」
で始まるその詩を、私はとても気に入った。

気になる作品に出会うといつもそうしていたように、
家に帰るとすぐ父の本棚を物色した。

高校の国語教師だった父の本棚には、日本文学史に出てくる主要な作品がすべてそろっていた。

さっそく目当ての詩集をみつけて読み耽る私に、父は「こんな詩もあるよ」と、中也が2歳で亡くした息子のことを詠んだ詩を教えてくれた。

「また来ん春・・・・・・」というその詩のせつなさは、
中学生だった私の心にも、
しんみりと深く伝わってきた。


中也が愛息を失った悲しみの中で詠んだ、もう一つの詩のことを知ったのは、大人になってからのことだ。

「冬の長門峡」。
静かで深い悲しみが、冷たい川の流れとなって自分の中に押し寄せてくるような詩。

その詩を読んだ時、
小学校時代の夏休みを思い出した。

山口県の名勝・長門峡は、
我が家の家族旅行の定番だった。

阿武川の水音を聞きながら、
緑豊かな遊歩道をてくてく歩く。
時々、川まで下りて水遊びをし、
しりもちをついて、下着までびしょぬれになった。

遊歩道の途中にある茶屋で、
鮎の塩焼きを食べたこともある。

賑やかで楽しかったあの「夏の長門峡」の最中、
父の脳裏にはきっと、
中也の「冬の長門峡」の情景が浮かんでいたのだ。

独りもの思う静かな「冬の長門峡」も、
いつか、訪れてみよう。
そう思った。


父が亡くなって二十一年目の夏。
山口市の湯田温泉にある中原中也記念館を、
初めてひとり訪ねた。

湯田温泉は、中也のふるさとであると同時に、
私の父の生まれ故郷でもある。

中也が三十歳の若さでこの世を去った日から、
わずか六週間後。
入れ替わるようにして同じ土地に生をうけた父にとって、中原中也は特別な存在だった。

「ぼくは中也の生まれ変わり」
父が若い頃にそう言っていたのだと母から聞いたのは、
父がこの世を去ってからのことだった。

もうじき父の命日がやってくる。
あのリビングで聴いたカセットテープの名優の声には、
到底及ばないかもしれないけれど。

今度は、私の声で。
中原中也の詩を、優しかった父に届けたい。


詩の朗読

帰郷

月夜の浜辺

また来ん春・・・・・・

冬の長門峡

(※音声記事の見出し画像∶「帰郷」は山口市湯田温泉にて私が撮影した詩碑、残りの画像はChatGPT作成のイメージイラストです。)

#創作大賞2026

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