白い白い黒歴史
路上で寝たことがある。
22歳、社会人初めての春の事である。
採用面接の時に「御社のためなら全国どこへでも!」と社畜予備軍であることをウリにした事が祟り、人事部からは「ウエダさんは…大分県に行ってもらいます。」と通知を出された。
同期は愛知や岐阜に配属されていたので入社前から左遷かと一瞬不安になったものの、「ご実家から通える営業所がなさそうなので」と続けられた瞬間にぐうの音も出なくなった。
僕の実家から通えるところは農協か茶工場くらいである。さ、九州でもどこでも飛ばしてくれ。
こうして大分県に行くことになった。
プチ左遷に不安になるかと思いきや、行くなら行くで最大限楽しんでやる!と壊れるくらいにポジティブだったことを覚えている。
仕事はもちろん頑張りつつ、飲みに行ったりラーメン屋を巡ったり、観光地を巡ったり。
その最たる思い出が大分最大の観光地のひとつ・湯布院。の路上での一夜であった。
あらましを雑にお話しすると、ホテルが取れなかったのである。
正確に言うと、湯布院のホテルが高すぎて泊まれなかったのだ。
僕は基本的に楽天家なのだが、旅行先でもそれは変わらない。ホテルなんて現地調達が基本であり、何ならそのスリルを楽しむまである。
この日も夕方ごろ、職場のパートさんから勧められた湯布院の観光地である「金鱗湖」に到着してホテルを探していた。
どうやら朝霧がキレイらしく、そうと決まれば前泊して早朝散策と洒落込もうという策略である。

しかし、現地でネット検索して衝撃を受ける。安くて1泊3万円…?素泊まり6,980円くらいのビジホを想像していた僕は膝から崩れ落ちた。
リアルホームレスの夜は長い。コンビニでチューハイとお弁当を購入し、とりあえず金鱗湖ほとりのベンチで一杯やることにした。
鏡のような水面に浮かぶのは、深い緑と湖畔の高級ホテルの蝋燭のような明かり。高級ホテルはより高級ホテルとして映っていて、僕は指の代わりにストロングチューハイを咥えざるを得なかった。
ふだん飲んでも500mlを2本だというのに、この時は金鱗湖の魔力なのか、ただの酔いたん坊なのか、あろう事か500ml3本目を平らげていた。
少し涼しい風に打たれて、かなりいい気分だった事を覚えている。
ーーーーー起きると、白い白い雲の中にいた。
いや、もやもやとはためく絹のシーツの中にいるような。
それが朝霧だと気づいたのは、数分間まどろんだ後だった。10m先も見えないような真っ白な空間は、脳の中にも押し寄せるかのようで僕をぼーっと座り込ませた。
昨日は…酒を飲んで、いい気分になって、トイレを探して…までは覚えている。そして今、公衆トイレの軒下でくの字に寝転がっている。
いろいろと察した。
察した上で感動した。
金鱗湖には温泉が混じっており、気温が低い朝にはあたり一面湯気が立ち込める。その景色を求める観光客は多いようだが、日の出前はさすがに誰もいないようだった。
朝日も昇ってない無音の湖畔で、白い空気を独り占めにした。歩いても歩いても白い世界は無限に続いていた。
やがて日が昇り、ぽつりぽつりと人が増え始めたので、何事もなかったように金鱗湖を去り、街並みを散策し、かわいいカエルのガラス細工を買って帰る。
昨晩は夢だったのか。ふわりふわりとした頭で各駅停車に揺られながら、夢心地で帰路に着いた。
・・・と美談にする勢いだが、普通に路上で寝るのは社会的に良くないと反省する。
これが私の、黒歴史。
つづく
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