【追記あり】JAL123便事故を巡る“合理的に説明しづらい出来事”──取材の隙間で見えた、ある落下部品の話。
〜8月24日 16:30
123便の事故を巡っては、毎年8月になるとくだらない陰謀論の類がネット上に流布され、当時を知っている者からすれば、とても我が身を置く世界と同じ世界の出来事とは思い難いほどの有り様だ。つい先日も、このような動画が公開されているのをたまたま目にしたばかりなのだが、そうした荒唐無稽な各種陰謀論はひとまず傍らに置き、それこそ陰謀論ではないものの、私が取材していた際に見聞きした話の中から、今日は、未だにその詳細が判然とせず、「合理的な説明がつけづらい事象」についてお話したいと思う。
この話の一部については、かつてミリオン出版の『怖い噂』だったか、『不思議ナックルズ』でも書いたと思うし、当時は編集さんともこの話についていろいろと話していたのだが、私が今回少し書こうと思うのは、123便から落下した部品についてだ。
ご存知の皆さんも少なくないと思うが、実は意外と多くの部品が、その後、時を経て123便の航路沿いに発見されており、その都度、ごくごく狭い範囲のローカルニュースとしては拡散されている。だが、その実、噂レベルの話まで細かく追っていくと、必ずしもすべての部品の発見が報じられているわけではなく、むしろ報じられてないケースのほうが多いのではないか、という疑問が浮かび上がってくるのだ。
そうした上でさらに、そうした“報じられない発見”について深く追っていくと、非常に興味深いケースがいくつかあることに気づかされる。その1つに、東海地方のとある地域にある山間部で、同機の機体の一部が、二十年以上経過した後に発見されたことがあった。
実際、その「実物」を発見したという住民男性に話を聞いたところ、彼はまっ先に駐在に伝え、すぐにこの集落でちょっとした騒ぎになったという。だが、その後、同地域の区長(その集落の代表者)がやってきて、口止めをされたのだそうだ。そしてこのあと、話は妙な方向へ転がっていく。
【この記事をご購入頂いた皆様へ】(2026/2/17)
公開当初は「そこまで読む人もいないだろう」という思いから触れなかった部分について、その後の反響を受け、追記致しました。また、この記事につきましては、これからも「公開範囲を限定したもの」という中で追記できる部分については順次、アップデートしていこうかと考えています。(猪)
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7月25日 16:30 〜 8月24日 16:30
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