”愛になれるかい” ASKAさんに、そう問われて 〜フリーライター1年生、チャゲアス沼にハマる〜
なんだ、これは!?
フリーランスライターとして迎えた初めての年末年始、休日とはまるで縁のない時間を過ごしていた。仕事、仕事、仕事。こんなはずではなかったのにな。もっと自由に、好きな場所で好きな人たちと、好きなように過ごしているはずだった。外はしんと冷たく、人恋しさを誘う。けれど私は部屋の中、一人でパソコンに向かっていた。
年が明けたらASKAさんのライブに行くんだ、それだけを見つめていた。一瞬でも視線をそらすと、全てを投げ出してしまいそうだった。とにかく目の前の仕事に集中しよう。楽しみが待っていることが、何よりも救いだった。
2年ほど前から、突然「チャゲアス」にハマり出した。(※若い世代の方へ:チャゲアスとは、1979年にデビューしたスーパーデュオ、CHAGE&ASKAのこと。CHAGEとASKAのシンガーソングライターふたりからなり、90年代初頭には街やお茶の間で彼らの歌を聴かない日はないというほどヒット曲を連発していました)
きっかけはYouTubeで観たライブ動画だった。彼らの90年代はじめ頃の、いわゆる全盛期のパフォーマンスを見て、なんだこれは!?と釘付けになった。子どもの頃にさんざん浴びたはずの流行り歌がこんなに凄いものだったなんて! 動画を観ては、一人悶える夜。そのうちYouTubeでは物足りなくなって、ブルーレイまで買ってしまった。
家にブルーレイが届いた日、ドキドキしながらリモコンの再生ボタンを押した。私の買ったブルーレイは、「SAY YES」は入っていたけれど「YAH YAH YAH」は入っていないライブ盤で、おそらくその2曲がリリースされた間のツアーを収録したものだったのだろう。アイドル並みに踊り、ステージの端から端まで駆け回るふたり。派手な照明とお客さんの大歓声を浴びながら、全力で歌を届けていた。ASKAさんが前転倒立?したり(身体能力ヤバすぎ!)、CHAGEさんがおちゃらけて見せたり(引き立て役を買ってるんだなあ)、まさに超一級のエンターテインメントだった。そして真ん中にあるのは、楽曲と歌のすばらしさ。特にラスト2曲の「WALK」と「BIG TREE」に圧倒された。「WALK」で顔をゆがめて歌うASKAさんはASKAという個人を抜け出して、ただ「歌の中で生きる人」になっていた。私は画面の中のASKAさんを見つめながらいつの間にか涙を流し、映像が終わっても茫然としてしばらく動けなかった。言葉では表せない感情。あの時の涙に名前をつけることは、今でも難しい。
すっかり彼らに心を奪われてしまった私は、持ち前の好奇心をめいっぱい発動させて、インターネットの中、情報を探し回った。30年分の動画やインタビュー記事をチェックし、ずぶずぶとチャゲアスの沼にはまってゆく。歴史が長いだけに、曲も情報もとにかく量には困らない。時代ごとに変化する彼らの音楽をたどる旅に、夢中になった。
チャゲアスに支えられる日々
ちょうどその頃、私は勤めていた会社を辞め、フリーランスとして働きはじめた。会社員とは何もかもが違う毎日。全てを一人で考え、決めていかなければならなかった。新しい環境で新しい人たちと出会い、楽しいことももちろん多い。けれどうまくいかないことは、もっと多かった。自分のために選んだはずの道は、思った以上にいばらの道だった。
そんな私をチャゲアスの音楽が支えた。手持ちのブルーレイは2枚に増え、その日の気分で選んで夜な夜な再生ボタンを押した。「MOON LIGHT BLUES」の色気にため息をつき、「no no darlin’」の優しさに癒やされた。チャゲアスの音楽、特にASKAさんの歌声を聴けば、体の奥から熱が生まれ、その熱は体中へと広がった。歌に乗った言葉に、また前を向こうと思った。
そして、子どもの頃の記憶が次々とよみがえってきた。そういえば、私が初めて買ったJ-POPのCDはチャゲアスの『GUYS』だったな。小学校の教室でクラスメイトがかけているのを聴いて、私もお年玉でCDとCDラジカセを買ったのだった。ASKAさんの紡ぐ歌詞に心を奪われて、言葉の深みと面白さを知り、音楽が違う世界に連れて行ってくれるという体験をしたのだった。
ああ、もしかしたら、私にとって「"言葉"と"音楽"の力」を教えてくれた初めての人は、ASKAさんだったのかもしれない。

ASKAさんが、地元に!!
ASKAさんの次のツアースケジュールの中に私が暮らす「鹿児島」の文字を見つけたのは、そんな日々のさなかだった。鹿児島でのライブは17年振り、ソロでは初めてだという。何というタイミング。ぶわっと鳥肌が立った。けれど、ライブの日にはすでに予定を入れてしまっていた。他のアーティストのライブに行くことにしていたのだ。そちらも絶対行きたい!と、早々にチケットを取ったライブだった。
よりによって同じ日だなんて。どうしよう。ものすごく迷った。けれど、先にチケットを取っていたそのアーティストがチャゲアスに影響を受けていて、ASKAさんの歌を絶賛していることを知った。それならば今回はASKAさんを選んでも許される気がする。それに、ASKAさんも60代後半。今後、私の地元に来てくれるという保証はない。自分なりの解釈と理屈で自分を納得させて、ASKAさんのライブに行こうと決めた。もう一人のアーティストのライブは、別日の別会場を取り直した。だいぶ遠出になってその分出費も増えたけれど、「どちらも行く」という発想を受け入れた自分を讃えたいと思った。
まさかの展開
そして迎えた、ASKAさんのライブ当日。思いもよらない事態が起こった。
オープニングの映像が流れた後、待ちに待ったASKAさんの歌声!と思ったら、あれ? あれ?! 声が出ていない!!
数曲をパフォーマンスした後、ASKAさんから発せられた言葉は「ごめーーん!!」だった。なんとリハーサルから声が出なかったのだという。ステージを取りやめる話もあったのだと。「皆さんの前にまずは出たかった」「久しぶりの鹿児島公演をとても楽しみにしていた」から、ライブを開催したのだと。マジかー。そしてASKAさんはすぐに「振替公演をする」と宣言した。「もう一回やるから、今日のチケットの半券を持ってて。本当に申し訳ない。今日はやれるところまでやります。これは公開リハーサル。申し訳ないけれど、僕に付き合ってください」
結局ライブを最後までやりきって、終演後、スタッフの方から「本人の希望でもう一度ライブを行います」と発表があった。こんなことってあるんだ! 会場にいる全員が感嘆の声を上げ、拍手を送った。

私が聴いた初めての生歌は、動画やブルーレイの歌とは全然違った。それはもう事実として揺るがないものだった。けれど目の前で全身全霊、出ない声を振り絞って歌うASKAさんの姿に、私の胸はギューッと締めつけられた。バンドメンバーの「なんとか支えよう」という気迫と、全員で手を振って合唱するお客さん。みんなの思いがビンビン伝わって、一緒に拳を突き上げながら目頭が熱くなった。
そして3ヶ月後の、2025年1月5日。あの時と同じ会場、同じ時刻に、再びライブが開催されることになった。
待ちに待った、ASKAさんの歌
年末年始、私は締め切りと自分の担える業務量との見極めがうまくいかず、ライブ当日の午前中まで仕事をしていた。どうにかできるところまで終えて、「やったーーー!!」と部屋で両手を挙げて、自分を褒めた。よくがんばった! 本当によくがんばった! 体はクタクタ、けれど心はとても清々しい気持ちで会場へと向かった。
客席は見事に全部、埋まっていた。あの時来ていた人たちが、もう一度同じ場所に集まったんだ…。それだけでもう、胸がいっぱいになる。
まずはあの日と同じように、スクリーンに映された優しいピアノの弾き語りから。
空色の草原に 僕はソファを置いて
どうでもいいことやあやふやなことに吹かれたい
ふくよかで柔らかなASKAさんの歌声。ああ、優しいなあ。今日の方がずっと沁みる気がする。はじめから泣きそうだ。聴いてくれる人に心を寄せた歌だと分かる。力強さが強調されがちなASKAさんだけれど、この人の真ん中にあるのはやっぱり大きな優しさなのだ。
幕が上がり、いよいよASKAさんが登場!!
くるくる回る派手なライティングの中、「GUYS」! 出てる出てる、声が出てる!!
「HANG UP THE PHONE」のファンキーなリズムもバッチリ! グルーヴ感、やっぱりすごい。声の色気も半端ない!
「GIRL」のフラメンコギターの調べと真っ赤な照明で、一気に情熱の国へ飛ばされる。聴いているこちらまでトリップしてしまいそう。戻って来られなくなるんじゃないか。怖さすら感じる、危うい世界。
「You are free」は、大人のための別れの歌。切ないのにあたたかさもある、愛の歌。美しいメロディーと艶のある声が胸に迫ってくる。
「それじゃね」と僕から切り出す
「それじゃね」とつぶやく
君は間違えずに歩いた
僕から離れた
そして「PRIDE」。「思うようには いかないもんだな」。まさに今の私だ。うう…、泣いてしまうよ。
誰も知らない 涙の跡
抱きしめそこねた恋や夢や
思い上がりとも笑われても
譲れないものがある プライド
今のASKAさんの「PRIDE」が、きっと一番の「PRIDE」なんじゃないかと思った。いろいろな経験をされて、いろいろな思いもしてきただろう。人生の歩みから歌が生まれ、生まれた歌をなぞるように人生を歩む。アーティストとは、本来そういう生き物なのかもしれない。
歌の世界にしみじみと浸ったあとは、盛り上がり系の曲が続いた。「HEART」、そしてまさかの「僕はこの瞳で嘘をつく」!! ASKAさん66歳、渾身の歌だ。体力とか声帯とか、一体どうなっているのだろうか。スーパースターというのは本当に凄いパワーを宿しているのだな。「歳とったー」とか言っている自分が恥ずかしくなる。
「YAH YAH YAH」は、大げさでなく、会場全員が歌っていた。全員が拳を突き上げていた。他のアーティストを含め、これまで結構な数のライブに足を運んできた私だけれど、これほどの一体感を味わったことが未だかつてあっただろうか。30年前、この曲を知らない若者は日本にいなかったのだろうな。全員が歌える歌って存在するんだな。ポップミュージックの力に心が震える。全くの他人を一つにしてしまう、音楽の力に体が震える。
滴が床に落ちるような時間で
僕らは 生まれ合った
幸せだとか 悲しみだとか
分け合いながら
同じ時代を歩いて行く 僕たちさ
物語をつないで行く 僕たちさ
いつか遠い遠い未来の誰かに
伝えることができるなら
ASKAさんはいつも、いつでも、歌の中に込めた思いを体現してきたのだろう。それが世の中の人に届いて、世の中の人を勇気付けて、何十年もの間、人と人とをつないでいる。
そしてラストは、力強い雄叫びから始まる「On Your Mark」だった。
On Your Markいつも走りだせば
流行の風邪にやられた
On Your Mark 僕らがそれでも止めないのは
夢の斜面見上げて 行けそうな気がするから
On Your Mark 僕らがそれを無くせないのは
夢の心臓めがけて僕らと呼び合うため
ASKAさんは歌う。「君と僕 全てを認めてしまうには まだ若すぎる」と。私は、どうだろう。フリーランスライター1年生。できなくて、分からなくて当然じゃないか。私は自分の持てる技と心で、誰かの力になりたいんだ。読んでくださった方の気持ちがほぐれるような、前を向くための助けになるような、あたたかな言葉を紡ぎたいんだ。そして、その先に広がる世界が優しさに満ちていればいい。それが私の夢で、私の幸せ。
愛になれるかい
あの日、ASKAさんが歌で問いかけた「愛になれるかい」というフレーズを、あれから何度も思い出しては、自分自身に問いかけている。
ねぇ君は 誰かひとりでも たった誰かひとりでも
幸せに 幸せに することができたかい
愛して 愛して 心だけになり
消えてもいい 忘れられてもいい
愛になれるかい 愛になれるかい
まだ、「なれます!」と胸を張って言える自分ではない。けれどASKAさんの歌が、チャゲアスの音楽がそうであるように、私も愛になりたい。愛でありたい。だからこれからも夜な夜なブルーレイを再生し、CHAGE&ASKAの音楽に力をもらいながら、私は私の歩みを続ける。思い描く未来のために、世界で生きる誰かのために。道のりはまだ始まったばかりだ。



https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1DZ06evO0IxpRl?si=-rnUsiBfRyOxOfPZB4SRlg&pi=7c81ZNl6QGytW
☆後日、ASKAさんご本人から、Xにてご紹介いただきました!
なんと後日、こちらの記事をASKAさんご本人からコメントとともにご紹介いただきました!! ASKAさん、ファンの皆さん、本当にありがとうございます!!
「本日の注目記事」、おめでとう。
— ASKA (@ASKA_Pop_ASKA) April 12, 2025
そして、ありがとう。#note
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”愛になれるかい” ASKAさんに、そう問われて 〜フリーライター1年生、チャゲアス沼にハマる〜|上野イクヨ @ikuyodsm #note #ハマった沼を語らせて https://t.co/lB0VUKpaP6
そして、そのときの思いも書きました。皆さん、ありがとうございます。
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