『なんかそんな阿佐ヶ谷の夜』
先週、20年くらい付き合いのある友達と、阿佐ヶ谷で飲むということで、夕焼けの沈む夜と昼の間の阿佐ヶ谷駅へ降り立った。久しぶりすぎて都会の匂いがした。
しばらくすると友人の青砥が現れ、青砥がいつも行ってるという焼鳥屋へ行った。入口の扉を開けると、右手にカウンター3人くらいのおじさんが良い感じに酔って、奥の壁のTVで中継されている大相撲を見ていた。左側に4人掛けのテーブルが6席ほどあり、僕らはテーブル席に座った。
あいも変わらずで、しょうむない話を延々していた。
「お前が駅に現れた時、めっちゃオシャレな人が来たと思ったよ」と言うと、青砥はまんざらでもなさそうな顔をした。僕は返す刀で「近くで見るときったねぇけどな」と言うと「うるせぇな」と青砥。
それから、僕がとあるラジオ番組に採用された!とか自慢したり、青砥は仕事が忙しいだの話して、AIの話をしていた。僕の方ではchatgptにハマり、延々と問答を繰り返していて、「嫌いな奴に一番精神的にダメージを与えるやり方」など相談しているとか話をしていた。
「それから、病名もすぐに教えてくれるんだぜ、『背中が痛い』とか打ち込むとすぐに病名教えてくれたり。ただね、そん時の設定守りすぎてて最初すぐに教えてくれなかったけど」
「どういう事?」
「AIの方がさ『背中に呪いがかかってしまうとは情けない。勇者たるもの、それに打ち勝ってこそ』とかなんとか言い始めて、いや設定守んなくていいからってなって。そしたら、『背中の呪いをテーマにしたプロットを作成します?』とか出て来てさ、ようやく帯状疱疹と言う病名にたどり着いたのよ」
「普段、何を聞いてるのよ?」と青砥に問われ「いや、まあまあ」と納めた。
しばらく時間が経ち、店のテレビの大相撲中継は大一番に差し掛かっていた、カウンターのおじさんたちが、「うぉー」「やべぇ」など騒いでいた。僕はグラスに入ったホッピー割りを飲みながら、思いつくまま喋った。
「そういや、『えっほえっほ、井伊直弼殿に天誅を言い渡すと伝えなきゃ』みたいなギャグが流行ってるらしいな。井伊直弼の乗ってた駕籠屋が暗殺犯の」
「そんな重いギャグじゃないよ」と青砥はぐいぐいとホッピーを飲み干し、もう3セット目のホッピーセットを頼んだ。僕はまだ2杯目くらいなのに、青砥のペースがずいぶん早いな。前からそうだっけかな。昔はビールも飲めず、ちびちびとカルピスサワーを舐めていたようなやつなのに、ペースが速い、ずいぶん。
青砥に以前、僕が書いた小説を見てもらって、かなりきついダメ出しをもらったものだから、青砥は気にしていたのか、言い訳の様に言った。
「前にもらった小説だけどさ、素人が言うことだから、的外れなことを言ってるかもしんないから、あんまり気にしないで」
「あれはへこんだけどさ。でもまあ、今読み返すと荒い小説だった。たしかに人に読ませられるもんでもなかったし、ひどい出来だったのはたしか」
「じゃ参考になったか?」
「うん、まあな、でも、結局おのれの事だからな。お前みたいな素人の意見気にしても、しゃあないわ」
「おい。なんつった」
「ああ、冗談だって。ありがたかったって」
それから、昔話になり、青砥から「お前のあれ、嫌いだったわ。テンポ感だけで中身もなければ面白くもない会話。あの時期きつかったわ」「え~。あれはあれで面白かったでしょう?」と僕は返した。
青砥は6セット目のホッピーを頼み、僕はもうそんなに飲んでんの?と驚きつつ、飲み過ぎなやつが急に健康の話をはじめ、僕は笑いをこらえていた。ふと青砥の方を見ると青砥はTVをぼんやり見ているような見てないような感じで斜め上をぼんやり眺めていて、どうも笑っては行けない雰囲気をだしていた。
「俺、もう死ぬから」
TVの音がその時だけ、ふいに耳に入ってきた『アリエールでしょう!』
僕はどこか現実味のないまま「そんなこと言うなよ。まだ生きろや」と最近帯状疱疹に罹り、大変だった旨を続けて話すと、青砥は「そうか。俺も死ぬときは楽に死にたいな」などとまた鬱に入り、なんて言っていいかわからず。「カラオケでも行く?」「いかねぇよ」と即答された。青砥の顔のしわが深くなったような気がした。
間違えたと思った。しばらく沈黙が続き、店内では相撲中継がとっくに終わり、食レポをしている芸能人が辛そうな食べ物を食べていた。タバコの煙と焼き鳥の煙が店を曇らせていた。
「もう酔った。帰る」と青砥がゴネはじめ、僕が「もう一軒くらいいいじゃないか」と言うと、青砥は不機嫌になり、「お前は幸せだから、わかんねぇんだよ」と突然キレた。
「お前はもうライフステージがあがってるからな。いいよ、もう」と、青砥はふてくされ「もう俺と飲まなくてもいいからさ」と青砥がますます不機嫌になり、僕はおたおたと「なんだよ、どうしたんだよ」と言うも、青砥の帰りたいという決意は固くなるばかり。
僕は冗談半分で「お前は友達なんかじゃない、神様なんだよ」と言うと、青砥が「まあそれでいいよ」と軽く流されて「もう帰る」としか、とうとう言わなくなってしまった。ウケると思ったのになんだよ。とこちらはこちらで少し腹立たしくなり、そのまま解散してしまった。
青砥は電車で帰っていき、僕は阿佐ヶ谷の南口のロータリーで髪の毛をむしって、タバコを吸った。煙が夜空に溶けて行った。
タバコを吸った後せっかく阿佐ヶ谷まで来たのに、このまま帰るのもなんだな、と勝手なもんで、青砥も良く通っているイキツケの飲み屋へ行った。そのお店は、古民家のような作りで、1階はカウンター席のみで8席ほど。
店に入ると店主が女性の秋葉さん、もう10年は通っているものだから、慣れたもので、「お、ういさん」てなもんで、席を見渡すと、みんな知ってる顔だった。
田中夫妻にとしおさん。としおさんは絵描きで、話がいつもエキセントリック。
「これだけは覚えておいて、寿司屋の大将はだいたいちんこ握った手で、すし握ってるから」周りが「何を言ってるんだ、この人」という雰囲気の中、僕は「わ~ハマい!」と返すと、どっと笑い声が聞こえた。としおさんが「川口春奈もちんこ握ってるからな。ハマいな」とさらに大きな笑いが起きた。
「大将、今日は何握ってくれんすか?」と田中夫妻が言うと、としおさんが「なに、握りやしょ。いいちんこ入ってますよ」と誰かが「ちんこしかない寿司屋なんか」と、ほとほとくだらない会話が続き、もうすぐ終電の時間になった僕は、ひたすら笑ったな、という想いだけ持って、松戸へ帰った。
家について、笑ったな楽しかったなの合間に青砥のなんだかうつうつとした顔を思い出して、「きっと大丈夫だよ、もろもろ」とLINEを送った。既読はまだつかない。なんだか疲れてひたすら眠くなって、口の中にタバコ吸いすぎ特有の苦味を感じながら、意識が飛んだ。
なんかそんな阿佐ヶ谷の夜。
