翠恋譚《すいれんたん》⑱
さいはての国 1
◇◆◇
「さあて、いよいよだぜ。炎の国。大陸最後の国のお出ましだ」
大廉大陸さいはての国、炎の国の関所を抜け、荻が嬉しそうに空に向かって伸びをし、はやる気持ちを抑えられない様子を見せた。自然な流れで空を見上げたその瞬間、不愉快そうに舌打ちし、空から顔を逸らすのを見た。荻はなぜか、空を見るのが不快な様子。
初めて見る荻の様子を不思議に思って空を見上げる。
何ら変わった様子もなく、清々しい爽快な空が広がっているだけだった。
虫でも飛んでいたのだろうか。
「長かったなあ。蘭秋の国で過ごした日々」
大空が呟く。
先を行く空色の背中に目を向ける。
「山ほどの仕事を終えた気分だ」
大空の呟きに一行全員、心で頷く。それは、一行全員の呟きでもある。
蘭秋の国に入ってすぐ、大空がその国の元締めを討ち、国と大陸の銅章を手にしてからずっと、大空の頭としての最初の仕事、生業正しを手伝いながら短期間で多くの事をやりこなした。
蘭秋国を抜けるまで、実に半年近くの時を要し、季節はすでに初春から夏の半ばへと替わっていた。あと半月程で、早や初秋を迎えようとしていた。
「炎は今、国を統治すべき王を亡くし、幾人もの人間が権力を巡って争いを起こしている最中とか。どこの国でももっぱらの噂」
九月が唐突に一行に伝える。
「あの大陸総元締めであった前頭も私にそう言い、面倒を避ける為、しばらくは炎の国に赴くなと言いました。ですから私も、この一年程、炎の国に足を踏み入れていません。ですが、まあ…それもおかしな話ですがね」
「どういう意味だ?」
九月の最後の言葉に大空が振り返る。
九月が肩を竦めた。
「争いも何も…実際の所、何を巡って争うのやら。それが分からない程、ここは平和でのどかな田舎の国。争って権力奪い合うって…一体何を奪うのやら。田畑奪って米や農産物の一人締めでしょうか。まあ、炎は謎の国。あらゆる事に注意が必要…という点は変わりありませんが」
九月がさらに肩を竦める。
「なんせ私、この国に頭の遣いとして何度もやって来ていますが、王の存在というものを見事に一度も感じた事なく、裏の世界の代理はおろか頭さえ、本当に一度もお目にかかった事がなく、所用はいつも代理の代理の下っぱ達が代わりに対応するんです。危険というより、もうひたすらに謎めいた国と言うしかないです。危険な目になど合った事もないですしねえ」
「ほんとかよそれ。九月が会わねえんじゃ新米のおれなどもっと会えねえな。こりゃ、この国は素通りだな。とにかく、ここら一帯歩いてみて何も問題なさそうなら、この国でやる事何もねえな。挨拶も必要なさそうだ。さっきから周りの気配探ってみてるが、襲われそうな様子もねえ。決まりだな。この国は、何もしねえで素通りだな」
大空がのんびり悠々と告げる。
「だなあ~。緑と茶色しか目に入らねえ。のどかだなあ~。米の旨そうな国だよなあ~。うめえ米食ったらさっさと行こうぜえ~」
はたして大鷹の言う通り、一帯は、実にのどかで平穏な空気が流れるのみ。周囲には静かな緑の景色が広がるばかりの国だった。
関所を抜けてからずっと同じ、緑の田園風景が続くのみ。
この国は、賑やかな都というものとは縁遠そうな国だった。どこから見ても自然豊かな穏やかな田舎の印象のみ。
一行は、小高い緩やかな坂道を緑の稲穂と夏草生い茂る景色を見下ろし、ひたすら登り歩いていた。左の眼下に緑の田畑、右には長くどこまでも続く深い緑の豊かな森。のどかな空気続く中、田舎の穏やかさを味わいながら皆のんびり歩き続ける。
大きく伸びた森の影が夏の陽射しを遮り、涼しさがとても心地良かった。
しばらくして、突如ぽっかり右に続いた森が開け、広い空間が現れる。
「あら…!ここ何でしょう。初めて来ましたよ、こんな所。おかしいですね、まさか…いえ……」
九月が立ち止まり、周囲の森を見回す。不思議そうに来た道を何度も見ている。
「どうした?何がおかしい?」
大空が九月を振り返る。
「いえ…あのぅ…。ひょっとしたら道を間違えたかと思いまして。でも、そんな筈はありませんねえ。関所から先、ずっとここまで道は一本しかないはずです。脇道さえもありませんのに…。確かにいつもの道ですが…これまで一度もこんな場所に出た事はありません」
「ふう~ん。そうなのか~?」
大空は特に気にもせず、開けた森の空間を興味深そうに覗き込む。広場の奥に神を奉ってあるらしい社のような物が見えた。小さいが、それは確かに社だった。その手前に広がる広場に子供達が集まり、歌を歌いながら毬をついて遊んでいた。
「ほんとに、のどかだなあ」
大空が子供たちを楽しそうに見る。その隣を海京が並んで歩いて行く。九月はまだ首を捻りつつ大空達の後ろを歩く。大高と荻がその後に続き、一番後ろを大鷹が歩く。
広場の奥から女の子達の歌声が聞こえてくる。吹く風に乗って楽しげな声が聞こえてきた。
「翠の珠~黄の珠~。我らが民を護りたまえ~。我らが民を愛したまえ~」
前を行く大空と海京が、ほぼ同時に足を止めた。驚いた顔で振り向く様子に九月が慌てて立ち止まる。
「大空?⋯どうしました、お二人とも」
不可解な顔で立ち止まったきり、二人は何も答えない。
「翠の珠~黄の珠~。我らが心〜広げたまえ~。我らが思い広めたまえ~。緑の大地慈しめ~。爽なる空に思い馳せ~我らが想い〜永遠なるぞ~。知恵の輪広がり愛広まり~この世の平安常なれば~翠黄の神~永遠なり~」
二人は明らかに驚いた様子で毬つきをする女の子達を見ている。
「いかが…なさいました?大空?」
九月が大空の様子を伺う。
大空は何も答えない。海京と二人、黙り込んだまま立ち尽くす。
子供達は何度も同じ歌を歌い、交代で毬をついている。
毬は二つ。緑と黄色の毬だった。
緑の毬を持った女の子が、その毬を別の子に手渡し、替わりに黄色い毬を手にした。大空が動き、子供達に近づく。
側の石段に座っていた子守りの老婆が大空に気づき、石段に腰掛けたまま探るように見上げる。
子供達が毬をつこうと持ち上げた。
「おい」
大空がなぜか険しい声で黄色い毬の女の子を呼ぶ。
色違いの毬を持つ二人の女の子が大空を見上げて動きを止めた。
大空は、一体どんな顔をしていたのか、子供達の一人が怯えた顔で子守りの老婆の元に走る。抱きつくように身を寄せる子供に老婆が優しく笑顔を向け、その子の頭をそっと撫でた。
「今の、歌…何だ?誰かその意味知ってるか?」
放心したように問う大空。子供達は戸惑い、顔を見合わせる。
「今の…歌、もう一度、歌ってくれねえか?」
どこか戸惑う響きを放つ声。大空が見ていたのは黄色い毬を持つ女の子。
大高は九月の後ろから、さりげなく海京の様子を伺う。
海京は、緑の毬を持った女の子を見ていた。
〝翠の珠″―――。
大空が何に反応したのかは不明だが、もしかしたら海京と同じかもしれない。互いに何か意味のある色の毬を持つ子供。
声をかけてよいものか、九月が迷いを見せていた。
「おーい、何だ?一体どうしたよ、あの二人?」
誰がどこで見ているか分からない。荻が唇を動かさず小さく呟く。
子供の怯えにようやく気づき、大空が笑うように息を吐いた。
「悪い。怯えさせたな。悪かった」
大空が女の子の頭をそっと撫でる。
「すまねえが、今の歌、もう一度聞かせてくれねえか?」
今度は優しく穏やかに、黄色い毬を持つ女の子に笑顔でお願いしていた。女の子が途端、顔を真っ赤にしてまばたきした。
「あいつ…笑ってりゃいつでも女落とせる。あんな小せえ女まで虜に…。罪な、男だな…」
荻の呟きに九月も二人の〝おおたか″も思わず本気で笑ってしまい、慌てて俯き笑いを隠す。
女の子が大空に照れ笑いを向けながら毬をつこうと持ち上げた。
「おまえさん、予言の男か──!?」
突然、老婆が威厳に満ちた声で大空に謎の問いかけを発した。
神を奉る穏やかだった広場の空気が、老婆の声に揺れ動く。その場に強い緊張が満ち、一陣の風が吹き抜けた。
風が木々をざわつかせ、激しい突風が吹き過ぎた。
子供達が恐れの目で、森を見回し老婆を見上げる。老婆が子供達に無言で頷く。子供達は一瞬、大空に目を向けるも、すぐに全員駆け出し広場を出て行く。
広場に誰もいなくなると老婆がゆっくり立ち上がり、その目が厳しく大空を見据える。やがて、鋭い視線が次に自分に向けられるも、その目はすぐに九月に向けられ、そのまま荻、大鷹へと厳しい視線が向けられる。最後に海京を見た瞬間、老婆は不思議な顔で目を細め、静かに海京の顔を見つめた後、また視線を大空に戻す。
何か言いたげな顔のまま背中の弓をちらりと見る。その目は腰の剣で止まり、意味深な探りを入れるように大空の顔を静かに見上げた。
「黄房の弓剣…。お前と同じ、黄房の弓剣身に着けし男、四人おった」
大空は動かない。何の反応も示さない。
「おまえ、あやつらの何だ?」
大空は無言のまま。
「五人目の、黄房の男。その弓、その剣、おまえの物か?その眼差し知っている。同じ目をした男ら四人、ここを通り過ぎて行った。どの男より真っ直ぐな瞳の五人目のお前。お前は彼らの一人が言った、この道通りし最後の男か?黄房の弓剣の最後の男か?」
子守りの老婆が不思議な威厳を持つ声で、なぜか厳しく大空に問う。
「空色の衣の男…。空の如き気を放つお前…〝予言の男″か?」
無反応だった大空の肩が、ここでようやく揺れ動く。笑いで空色の背中が動く。
「予言の男?!知らねえなあ。おれの事なわけねえなあ。聞いた事もねえ話。それより──」
途端、老婆が大きな笑顔を見せた。
「まさしく、おまえ!予言の男!ようやく来たか!」
老婆の嬉々とした声が響く。
「一人の女と四人の男。奇妙な仲間と旅する者。その弓剣、最後の男の証なり。〝男、空色の衣を身にまとい、黄房の弓剣帯びて立つ。厳しい問いに関心示さず、我は知らんと笑いし後、その者、最後に告げるだろう。〝四人の男ら知っているか″と」
「まだ…何も言ってねえけど」
大空が警戒も露わに笑って告げる。
「今、聞こうとしておったろうが。あやつらの弟、愛する息子よ」
大空の背中が僅かに動く。拳を握るのが目に入る。そこにいる誰もが同じ気持ちで大空の背中を見ているだろう。黄房が揺れる空色の背中。
「この道選びし者らよ、来るがいい。『道』がそなたらを導いた。そなたらの″愛″が開いた道。類稀なる縁の者ら。皆それぞれ、″己が道標″に従い来た。この先もずっと暗闇に心の道を開き続けよ。希望の光を失うことなく、その光で互いの心を照らし続けよ。さすればこの旅、終わるだろう。全てが終わり、全てが変わる。我は見送る者なり。我ら皆、旅人の背中を見送る役目」
老婆が厳しい目で一行を見回し、一人一人に視線を注ぐ。
「ここは別名″戻らぬ客をもてなす国″。おぬしら、戻る気あるか?戻れるか?」
そこにいる全員への問いかけ。
誰も、答えなかった。答えられなかった。
老婆が笑う。
「戻る気はあるが、自信はないか。それではそなたら、生きて帰れぬ。良い。主の話を聞け。待っておったぞ。佐伊の大空。大陸の新しき統治者よ。供のフリした男らに、ただ一人の赤き乙女。炎の主が、お前達の訪れ、首を長くして待っておった」
老婆は無言でついて来いというように背を向け、威厳ある足取りで歩き始める。
大空が九月に視線を送る。九月が無言で頷くとその頷きに笑顔を見せ、海京と共に歩き始める。
大高達もその後ろを、まだ、護衛のフリして歩き出した──。
「初のお目通りだなあ」
豪華な家具が並ぶ立派な部屋。入るなり、陽気な声が一行を迎えた。
「あんたはおれを知らねえだろうが、おれはあんたを知ってるぞ。九月…だよな?大陸一の賢い代理。そして、大陸一、侮れねえ代理にして、大陸一の面白い代理」
男は楽しそうに豪奢な椅子に腰かけたまま九月を見上げて笑っていた。
「華蘭の九月、女のナリしたイイ男。とは…運良く救われた娘達が一貫して言う事だ。噂通りの変わり種。なかなかの好人物とみた。実を言うと、おれはあんたに会ってみたかった。おれはいい人間が好きでなあ。で、その九月が…ここへ…一体誰を連れて来たかと思いきや……」
声の主はそこでようやく、九月以外の者達を見る。
「なんとなんと。なんと…。いやはや…よもや…『伝説の男』を連れて来るとは!こんなに驚く事はねえ。生きてりゃ、おもしれえ事あるもんだ」
豊かな緑の景色が見渡せる。ゆったりとした大きな窓の広い部屋。高価な木材の大きな椅子に傲慢とも言える笑みを浮かべ、足を組んで座る若い男。
浅黒いハンサムな顔が、挑発的な目で大空を見上げ、笑っていた。
大空が呆れたように座ったままの非礼な頭に笑い返し、大高達を振り返る。
「聞いたかよ今の。伝説の、男だと。笑っちまうな、こいつ。予言だ伝説だ…気は確かか。おい、九月。このヘンなの何だあ?炎の国の頭ってのは、礼儀を知らねえときたもんだ。さっきの広場での婆さんといい、面白いのがわんさといそうで、この国、気に入った。どこが危ねえ国なんだあ。これ以上ねえくれえ愉快でおかしな国じゃねえかあ」
炎の頭は、相変わらず椅子に座ったまま、眉間に皺を寄せ、大空を見ていた。
「気は…確かかと、聞いたかよ?ヘンなの、だあ?おれに向かってそんな口きく奴…前にも確か…いたなあ。おまえで、何人目か…。一番最初の黄房の男。あいつ、おまえの何なんだ?凄腕の剣術使いだった。おまえよりふざけたあのキザ野郎。おれはまだ、当時は代理の身だったが、その後、元締めになってすぐ、二番目にやってきた黄房の男ら。彼らもてめえの身内だなあ?あの二人はまだ良かった。物静かで礼儀正しく、これまたあり得ねえいい男ら。特に、ものすげえ背の高え、若く見えすぎるあり得ねえハンサムなあの人だ。あの人のこと、おれはものすげえ気に入ってた。なんと、あれでおまえらの、父親だって?そして、だ…」
炎の頭が溜め息つく。
「三番目に来た黄房の男!これまたふざけた性格の、これもまた実にいい男。静かな顔してふざけたこと言い、あり得ねえくれえ本当に…女の好みにうるさかった。本当に、嫌味な男だったぜえ。あの男もおまえの身内…だろ?皆、ばかみてえに背が高く、実に腕の立つ男らだった。そして――」
炎の頭がとうとう、うんざりした様子で立ち上がる。
「最後にやって来た、おまえ…。おまえは一体、何なんだあ?」
なぜか実に不愉快そうに大空の姿を吟味する。
「あの四人とは似ても似つかねえ。全く違う。小気味いいくれえ…イヤな野郎…。口の悪さに態度のデカさ、背丈の小ささに色の白さ。顔も奴らと全然似てねえ。そのくせ、どう~も…いい男だ。あの四人の言った通り、最後にヘンなの来やがった。へんちくりんな性格の、常識外れな一番おかしい、大事ばかりやらかし続ける身軽な猿並みにすばしっこいソバカスの小男やって来たら、その阿呆をよろしくな…。と、四人とも同じこと言ってたぜ。任せろとは言ったがよー。おれは自分で認められねえのに″よろしく″なんて、出来ねえんだあー!」
炎の頭が突然叫び、大空に向かって手を伸ばした。その手に光を放つものが見えた。
「大空―――!」
騒いで動く大高達を大空が手を上げ、背を向けたまま、無言で動くなと合図した。
避けもせず、炎の頭が掴みかかるに任せていたが、さりげなくその背に海京を隠して立ちはだかり、海京のことを護っていた。
「大空!おまえ、何してる?!」
護衛のフリもせず大高は叫ぶ。
炎の頭の手にあるのは、鋭く光る短剣だった。
「動くなよ、高。じっとしてろ」
大空が強く、笑うように告げる。
周囲を警戒して身構える。部屋中いたる所に手下達が潜む気配。
「高ー!」
大空が振り向かず大声で名を呼ぶ。
「何だ…大空」
「高。おまえが今日からやることは、おれを護るフリじゃねえ。今日からおまえがやることは、おれの後ろにいる者のを護ることだ。それが、おまえのやるべき事。海京を護れ。この先、いつも側にいて、必ず最後まで護り通せ。他の誰でもなく、おまえが!それがおまえの果たすべき役割。おまえはその為にここにいる。それをこの先、ずっと覚えていろ。おまえの生涯果たすべき役目だ!」
「大空…?こんな時に何言ってる!」
一体何のつもりなのか、大空の強い声に叫ぶように答えた。
炎の元締めは、大空の胸ぐらを掴み、引き寄せ、首に短剣を突き付けていた。
「おい…お前!何で避けねえ?!そんなもん絶対、余裕だろうが!いつもあっさりかわすだろうが!!お前一体、何してやがる!!」
荻が怒りの声で叫んでいた。
「空~!何してんだ~!!死ぬ気かよお~!!」
「そうですよ!バカみたいに突っ立って、あなた一体何してるんです!」
大鷹と九月が次々に叫ぶ。
「高。連れていけ。海京をおまえの側によお」
唇を噛む。静かに動いて海京に近づく。部屋中に潜む手下達が大高を警戒するのが分かる。ゆっくり近づき、海京の背中に手を当てる。引き寄せ片腕に抱きしめた。
「高?空は…」
「海京。いいからおれの側にいるんだ」
抱き寄せる腕に力を込めた。炎の頭が眉を上げ、面白そうに目を見開く。
「ほお~…。いい女なのにもういらねえのか。飽きたのか。ひょっとしておまえも女の好みにうるせえ性質か。いいのかよ、その女、護衛ごときにくれてやって」
炎の頭が驚きの目で大高を見る。
「頭と…対等な口きく代理に護衛。変わった連中…だなあ。その女…いらねえなら、おれにくれ。くれねえなら奪うまで。その女、おれがもらっちゃ…」
「駄目だろうなあっ!」
大空が怒りを含んだ声で答える。
「元々おれの女じゃねえ。貰うも貰わねえもねえんだよ。やるもやらねえもねえんだよ!海京は、物じゃねえっ!てめえ…人の仲間を物呼ばわりか!海京に、詫び入れろ!馬鹿野郎!許さねえぞ、てめえ!詫び入れろっ!」
炎の元締めが呆気にとられ、有り得ないという目で大空を見返す。
「連れの女に…詫び入れろ?頭とも、あろう男が?…何て…ざまだ?そんな注文初めて受けた。おまえの首に突きつけてる、これはどうでもいいのかよ?こっちの方が大事だろうが!」
大空が鼻であしらい笑うのが背中の動きでよく分かる。
「詫びを、入れろってんだ!」
炎の元締めは、ますますおかしな顔をする。
大空から視線をそらさず、顔だけ海京の方に向ける。
「……悪かった…」
「ああ。いいぜえ」
「おまえが、返事すんのかよ!」
海京の代わりに答える大空に炎の頭が思いきり怒鳴る。
「あいつは口ベタなんでなあ。おれが代わりに答えてやったぜ」
笑うように動く背中から大空がこの状況を面白がっているのが分かる。
「てん…めえは…確かに!あの男らの身内だ!一番最初と三番目の、ふざけた野郎どもにそっくりだ!兄弟そろって似てやがる!!その嫌味なふてぶてしさ。避けもしねえ余裕ぶり。鼻であしらう笑いっぷり。むかつくほどに、そっくりだ!」
炎の元締めの苛立つ様子に、大空がとうとう肩を震わせて笑い始める。
「てめえ、何がおかしい?!」
「さすがだ…一のユウ兄、三の兄ぃ。おんなじようにやったかよ。おもしれえ…。て、事は――」
不可解な言動に炎の元締めが警戒する。
「こうなる事も予想済みかあ――っ?!」
それは―――一瞬の出来事だった―――。
あまりに速い動きすぎて、大高以外は誰にも、多分、何も見えなかっただろう。
出会って初めて、大空が本気で動いたのを知る。
あまりに俊敏な動きすぎて炎の元締めも当然の如く何が起きたか分からぬ様子。
短剣をその手に握ったまま、床に仰向けに倒れていた。
ただ呆然と目を見開いて天井を見るのみ。
見覚えのあるその型で大高にだけはかろうじて分かった。
「……涼風香…大陸の…あの、軍兵の組み技…。大空…覚えたのか?!」
大高がたった一度、一瞬だけ、大空と組み合った時に使ったあの技。故郷の大陸ではついぞ使う事なかった技。その技を持ってしても大空には敵わなかった、あの、一撃必勝の組み技だった。
「おおー!凄えな、高!この技、中々上等だあ。まるで一撃必勝の技みてえだ!」
実に楽しそうな大空の顔を肩を落として眺めてしまう。
「……そのまんま…一撃必勝の組み技だ……」
呆れ果て、力なくぼそりと呟いた。
「へえー。何だ、そうかー!どうりで。あの時は心底危なかったぜえ。おまえにこの技繰り出された時、内心焦って慌てたぞー」
口が開く。脱力し、苦笑を返すことさえできない。
「その技、それでも空には通用せず、あの勝負、結局、おれが負けたじゃないか。空は本気すら出してなかった…」
大空は、大高ににっと笑い、足元に転がる炎の元締めを見下ろした。
「おぉい、平気かー?手ぇ離してやるけどよお、暴れるのはナシだぞ。いいかあ?」
「……おい……嘘だろ。あいつは案外弱っちい奴と、あいつら、言ってたぞ…。武の腕が立つはデタラメだと、あいつら真顔で…。冗談じゃ、ねえ!噂通りの奴じゃねえか!何が…事実確かめて笑ってやれだあー!ちきしょ――!あいつらー!死んだ後までこんなことして…何が楽しい!?何て、野郎どもだあ──!」
仰向けになったまま、炎の元締めはそれは大きく、天に向かって毒づいた―――。
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