見出し画像

翠恋譚《すいれんたん》⑯

蘭秋らんしゅうの果てに 2

 ◇◆◇


 「かしら代理だいりを、出しやがれ――!蘭秋らんしゅうの新しい元締もとじめが、わざわざ挨拶に来てやったぜ‍――!‍」
 代理だいりの潜伏先に着くなり、大空たいくうは扉を蹴破った。
行く手を阻もうと飛び出した手下を三人まとめて床に沈めた。三人はそのまま動かなくなった。
 大空たいくうと共に九月くげつは剣を抜きながら玄関の上がり口に駆け上がる。大高おおたかも同じく広い上がり口に駆け上がり、九月くげつと背を合わせ海京かいきょうを護る。あっという間に大勢の手下達に囲まれる。
 森で手にした剣を構え、代理だいりの手下達と対峙する。代理だいりの手下達は誰一人、大人しく引き下がる気はないようだった。
 みな、構えた武器を一行いっこうに向けて今にも挑みかかる勢いだった。
 「へえー…九月くげつ。こいつら本気で、おれの首を取る気らしい。おもしれえ。やる気だあ。いいぜえ。それなら遠慮はいらねえなあ。かしらをいきなり殺そうなんて考える奴ら。こいつらに情けはいらねえなあ!」
 大空たいくうが楽しそうに大きく笑い、腰の剣を抜き放つ。
 「九月くげつ大鷹おおたかー!みんなかまわねえ!思う存分、暴れてやれ――!」
 「おお~っ!いくぜえ――!」
 大空たいくうの許しを得た大鷹おおたかが、雄叫びと共に大刀を振り上げ駆け出した。
 辺りは途端、騒然となる。
 「こうー!海京かいきょう任せた!九月くげつ代理だいりの所へ案内しろ!そいつを探せ!」
 「大空たいくう代理だいりはそこです!!あなたの後ろに!」
 九月くげつの叫びに大空たいくうは瞬時に振り返り、背後の男の武器を弾き、すばやく腕を伸ばし男の首を締め上げた。あっという間に男を床に薙ぎ倒す。
 大高おおたかは、それを見ながら海京かいきょうに襲いかかる手下を剣と体術で数人倒した。
 九月くげつが剣を収め、近くの大太鼓に走るのを見る。力強く大きく、九月くげつが太鼓を打ち鳴らす。建物中に大音轟き、全ては、あっという間に片づいた。
 手下達が驚いて止まり、一斉に太鼓に目を向ける。
 「アニキ…?!代理だいりぃーっ!」
 「う、うそだろ…。かしら代理だいりー!!」
 手下達が叫ぶ中、大空たいくうが今しがた倒した男の首に腕を回して立っていた。羽交い締めにした男を乱暴にその場に膝まづかせる。
 「てめえら!儚い夢を見たなあ。みやこの名に相応しい、実に面白おもしれぇ連中だが、おれの首取るなんてあまい夢だ。おれの首、そう簡単には取れねえぞ!」
 武器を手に立つ手下達に大空たいくうが楽しそうに叫ぶ。
 「大鷹おおたか九月くげつー。そいつらまとめて縛り上げろ」
 大高おおたか海京かいきょうの肩を抱き寄せ、壇上の大空たいくうの傍へ近づく。おぎは縛り上げた手下達の一人に剣先を突きつけて立っていた。大鷹おおたか大刀だいとうを抜いたまま入口を塞ぐように立っていた。
 大空たいくう代理だいりの首から腕を離すも剣を抜く事なく側に立ち、膝まづく姿を見下ろした。
 九月くげつ代理だいりの前に屈み込んで顔を覗き、大空たいくうを見上げて頷いた。
 「この顔、確かに、夢蘭むらんかしら代理だいりに間違いありません。ですが、元締もとじめ…。弟の方です。こめかみの傷が証拠です。あには顔に傷がありません」
 「何だ?どういう事だあ?」
 大空たいくう九月くげつに問う。
 「どうやらこの男、双子のあにの座を力で奪い取った様子。ま、弟もあにも変わりありません。顔も性格も全く同じ、こういう兄弟でしたからね。あには以前の代理だいりを、弟は代理だいりの座を奪ったあにを…いつか討つ日が来ると思っていましたが、その通りになったようです。どうします?全員まとめて討ちますか?」
 大空たいくうは答えずひざまづ代理だいりを見下ろし続ける。
 若い男だった。その顔には確かに、こめかみに浅黒い傷跡があった。
 無言で押し黙ったまま、大空たいくう代理だいりの顔を見下ろしていたが、その目を九月くげつへと向ける。九月くげつが目をしかめ大空たいくうを見上げる。
 「何です?」
 九月くげつの様子に大空たいくうが笑う。
 「いやぁよー…おれって、ほんとツイてるなあと思ってよ。おれはつくづく、いい代理だいりに巡り会えたなあ、と…。おまえがこんな悪い奴でなくて良かったぞ。そうじゃなきゃ、おれはおまえを討ってたぞ。危なかったなあ、九月くげつ
 九月くげつが顔を引きつらせ、渋い顔で大空たいくうを見返す。
 「……まったく笑えない、嫌な冗談です…」
 肩を落として苦言を呈す。その顔に苦笑を浮かべて嘆息したのち、優しい顔で大空たいくうを見上げる。
 「いい機会ですから、今ここで申し上げておきましょう」
 九月くげつが穏やかな顔でそう告げた。
 「私は、この蘭秋らんしゅうで一番の、どんなかしらにも忠実に尽くすかしら代理だいりです。ですが、大空たいくう、あなたに関しては別です」
 九月くげつがどこか誇らしげな顔をしたように見えた。
 「他のかしらや前のかしらならともかくですが、私は、あなただけは決して、決して裏切る真似はいたしません。誓いますよ。この命にかけて」
 九月くげつは、明らかに誇らしい顔をしていた。
 「どんな事があっても、あなたはこの先、いつでも、いつも、私を信じていて下さい。私があなたを信じるように、あなたも私を。これから先、最も重要なのは、互いを信頼し合う気持ち。どんなに危険な地へ行っても、どんなに安全な場所にいても、全てこの一つの事実が事態を大きく左右します」
 九月くげつが今度は険しい顔を浮かべる。
 「本当に危ういのは人の心。最後に救いとなるもまた、人の心。それに尽きます。互いの心が一つであること、それに勝るものはありません。これから先、仲間同士、結束を固くしていかなければ、安全な場所も安全ではない場所になります。私達はいつも強い信頼関係で結ばれていなければなりません。大空たいくう。私は決して、あなたを裏切る真似はいたしません。それをいつも、覚えておいて下さい」
 静かな笑みをたたえ、大空たいくう九月くげつを見やる。
 「惜しいな、九月くげつ。ほんとに惜しい。おまえにやるなら悔いはねえのに、何で元締もとじしょう断る?おまえの人柄見込んで、これやるって言ったのに。何でいらねえ?」
 「いりませんよ、そんなもの。私は代理《だいり》で充分です。私に、これほどの組織をまとめる力はありません。それに見なさい。これ。こんな目にあうのは御免です。あなただから防げたこと。私ならとっくにあの森の襲撃で、首ちょん切られて終わりです。嫌ですね。元締もとじしょうはいりません。大事なのは命です。大切な命の為、慎んでお断り致します」
 大空たいくうはどうやら、大高おおたか達の知らぬ間に、九月くげつ元締もとじしょうを譲ると申し出ていたらしい。九月くげつはそれを即座に丁重に断ったようだ。この調子でいくと、あれほど欲しがっていた大陸総元締そうもとじめの銅章《どうしょう》も大空たいくうがいつか譲ると言っても受け取らないだろうと思えた。
 九月くげつは、大空たいくうを生涯仕えても悔いはない人物と心底認めたようだった。
 きっぱり丁重に断られ、大空たいくうは大きく肩を落とす。
 「しょうがねえ。奪っちまったからには持ってねえとなあ。受け取ってくんねえなら仕方ねえ。おれが持ってるしかねえよなあ。この旅終わったらもういらねえのに」
 「おいおーい!何だその会話ぁ!?お前ら二人やる気あんのか!どういう二人だ!おかしいぞ。俺達今、どんな目にあった!?それ全部、そいつヽヽヽのせいだぞ! みんな…特にこいつら、下手すりゃ俺も喉から手が出る程欲しい物だ!譲り合うな!!こいつらの前で!いらねえって言うな。俺の前で!盗るぞ!てめえら、頭おかしいぞ!!」
 大陸中の裏世界の者らがこぞって欲しがるそう元締もとじめの銅章どうしょう、その座。それを巡って争い合う中、二人は平然といらない譲ると言い合っているのだ。おぎの苦言は最もだ。以前は、あれほどそう元締もとじめの銅章どうしょうを欲しがっていた九月くげつが、今ではかたくなに拒絶し続ける。面白すぎる光景と言えた。
 「さあて…じゃ、まずはこいつら、どうするかなあ」
 大空たいくうは足元に膝まづく代理だいりを見下ろし、頭を掻いて思案する。
 「おまえらは、どうもいけねえ。人様の為にも女の為にも、おまえ達は絶対、野放しにできねえ連中だ。よお、夢蘭むらんかしら代理だいりぃ。ちょっと聞くが、おまえの手下はここにいる連中で全部なのか?」
 膝まづいていた代理だいりが顔を上げる。ふてぶてしい顔で大空たいくうを睨み上げ、その顔にあざけりの笑みを浮かべた。
 「俺の手下ども?ああ、そういえば、あいつらどうした。森の中通って来たろうが」
 怒りとまだ負けを認めていない強気な笑み。
 大空たいくうはその目を真っ直ぐ無表情に見下ろした。
 いつもそうだが、大空たいくうは、相手がどんな態度をとろうとも、どんなに蔑む顔をしてみせても平然とした態度で応じていた。かしら代理だいりの挑発も大空たいくうはずっと無表情なまま真っ直ぐな目を向けて応えていたが、その顔に冷たい微笑を浮かべた。
 「あいつらか…。どうしたと思うよ」
 どこか面白がるような響きの声。かしら代理だいりは一瞬、怪訝な顔をし、怖れるような目を向けるも縛られている手下達をちらりと見て、すぐに鼻であしらう笑みを浮かべた。ふてぶてしい笑顔で大空たいくうを見上げて睨み返す。
 「役人に、引き渡したか。無用な殺生せっしょうはしねえかしらか。新しいかしらは、お優しいこって。あめぇ考えの男のようだあ」
 かしら代理だいりは唇の端を歪め、おかしそうに喉の奥で笑う。大空たいくうはその様子を笑って見下ろす。
 「おまえ、何か勘違いしてるなあ。九月くげつー。おれは優しい男かあ?」
 大空たいくうは、不敵に笑い、代理だいりを見下ろしたまま九月くげつに問う。
 問われた九月くげつが眉を寄せ、何を言わせたいのかと不思議そうに首を傾げた。
 「ええ…。まあ…そうですねえ」
 当たり前のように答える九月くげつ大空たいくうが驚きの目を向けた。
 九月くげつが眉をしかめる。
 「何ですか?あなた、ご自分を…優しくないと、お思いですか?」
 不思議そうな九月くげつの問いかけに大空たいくうは明らかに不満気な顔。
 「………だろお?」
 なぜか大高おおたかに確認してくる。今度は大高おおたかが眉をしかめる番だった。
 「いや。くうは…優しい男だ」
 大空たいくうが、心底驚いて目を見開く。
 「どうしてそんなに驚いているの?くうはとっても優しい人」
 海京かいきょうが驚く大空たいくうに不思議そうな目を向けた。大空たいくうは変なものを見るような目で大高おおたか海京かいきょうを交互に見てくる。
 「よお~。くうは、優しい男だあ~。何でそんな分かりきった事聞くよお~?」
 大鷹おおたかがのんびり発言する。もう誰も護衛のふりをしていない。
 大空たいくうは諦めず唖然あぜんとした顔を今度はおぎに向けていた。おぎが途端、嫌そうな顔で溜め息ついた。
 「はあー。残念だが…お前は相当、嫌な奴だ…」
 大空たいくうは満足気に笑う。
「……俺の嫌いな、優しい男だ」
 不機嫌な声に大空たいくうが固まる。やがて、大空たいくうがゆっくり代理だいりを見下ろす。
 代理だいりの男が不気味ぶきみそうに腰を引き、怪訝けげんな顔で大空たいくうを見上げる。
 「つまり…おれは──」
 その顔に少しづつ威厳を浮かべ、大空たいくう代理だいりに向き合った。
 「優しくねえ!という事だ」
 自信満々に言い切った。
 代理だいりが思わず体を引く。新しいかしらあたまがおかしいと思っている顔。
 「何だ、そのまとめ!結論が全く違ってるぞ!」
 おぎが呆れて言い放つ。
 「と、いうわけでだ!」
 「どういうわけだあ〜~?」
 大空たいくうの言葉に大鷹おおたかが入口で小さく呟く。
 「おまえの手下は、みんな死んだ」
 かしら代理だいりは、その途端、口を開き目を見開いて固まった。
 「だ、代理だいりーっ!騙されちゃいけません!そんなわけ、ありませんよ!」
 縛られていた手下達が騒ぎ出す。その場に怒りのざわめきが渦巻く。
 「そうだ!こいつら、はったりかましてるんだ!」
 縛られているのは百人程。これで全てならよいのだが、大高おおたかは一応、制圧した筈の建物の中を目を配り警戒し続けた。
 代理だいりが引きつった笑顔で大空たいくうを見上げる。
 「何、言ってやがるよ…。あそこに何人投じたと思ってやがる。てめえは、″おふれしょいち、危険な男。佐伊さい大空たいくう!お前を知っているぞ!黄房きふさ弓剣きゅうけんの武の腕を。凄まじい使い手という事を!数ヶ月前、お前がかしらの首を取り、元締もとじしょうを奪った事!全部、なあ!」
 代理だいりは、怒りで体を震わせて叫ぷ、
 「あの都の手下ども討ち、沙蘭さらんの裏世界壊滅させた事!てめえは決して、侮れねえ。俺はちゃんと分かっている!!だが、いかな使い手といえども、俺が送ったあの数を…不意打ち食らって全て討つなど、できるわけねえ!軍隊上がりの連中もいた!そんな連中を…あの数を…ホラ…吹いてんじゃねえ――!!」
 叫びながら立ち上がろうとした代理だいりの肩を大空たいくうが片足で踏み押さえた。代理だいりは両手を付いて土下座する格好になってしまう。
 「冗談じゃ、ねえぜ…。そんなわけねえ!新しいかしらはつまらねえ男だ。騙されるか!」
 皮肉を込めた言葉に大空たいくうは笑顔を向けていた。
 「あそこに何人、投じてたかって?そうだなあ…あの数、ざっと三百ほど…に、さらに二十人近く加えたところかあ?なあ、こう?そんなもんだろ?」
 大空たいくうが笑うように確認してくる。
 「そうだな。そんなものだ」
 大空たいくうの見立てに同意する。
 「九月くげつ。最後に見た時、誰か動いてる奴いたか?」
 大空たいくうが今度は九月くげつに問う。
 「いえ、誰も。ああ、そうそう」
 答えながら九月くげつ代理だいりの男を見る。
 「あなたの部下、ですが…死体はここに来る途中、役所に何とかするよう頼みました。もしもまだかしらの話をお疑いになるなら役所を確かめてみると良いでしょう。誰か確認に行かせますか?ああ、ついでに補足しておきますが、逃げた者は一人もいませんよ。うちのかしらは、そんなヘマはいたしません」
 九月くげつが冷たくい代理に言い切る。
 「あなたがもし、生き延びた手下が助けにくると期待しているなら、そんな希望は捨てる事です。誰一人、生きてあの森を出た者はいません。私達はそんなに甘くありません。いまだかつてない精鋭ぞろい。これまでのやり方は通用しません。それを、覚えておきなさい」
 九月くげつが冷徹な声で膝をつく代理だいりに追い討ちの言葉を浴びせかけた。
 床に付いていた代理だいりの手が、少しづつ震え始める。両手を着いたまま床を凝視し、放心したように動かなくなる。代理だいりの体が次第に、明らかな恐怖で震え始めた。
 「上には上が、いるってもんだ。おれを討ちてえなら四百人ほどじゃ足りねえな。もっと多くても無理だろうなあ。おれの仲間を忘れるな。誰一人、侮る事はできねえ仲間だ」
 大空たいくうが恐怖で蒼白な顔に冷たい笑顔を向けて言った。
 「九月くげつー!」
 哀れな代理だいりの見下ろしたまま、大空たいくう大きく名を呼んだ。
 「はい。何でしょう」
 「ここの手下どもの数、知ってるか?総勢何人だ?」
 「そうですねえ。確かざっと、五百人程と聞いています。六百人には届かないと。四百は確実に超えていましたよ。数だけで言うならば、あの沙蘭さらんかしらより手下を集めていましたね」
 「そうか。なら、ここにいる手下どもでほぼ全て、だな?万が一、この騒ぎを逃れた奴がいても、そう多くはねえだろう」
 「ええ。そうですね。運良く外に出ていた者がいたとしても…せいぜい十人程でしょう。そう多くはないはずです」
 大空たいくうは暫くの間、恐怖で顔面蒼白となった代理だいりの姿を冷ややかに見下ろし続けていた。やがて、その目に断固たる思いを宿すのを見た。
 「九月くげつ。戻ったら…」
 静かな声が九月くげつに向かう。
 「はい?」
 「戻ったら、全てのみやこ代理だいりに伝えろ。全ての手下の数を知らせろと。一人ももらさず正確に。そして、代理だいり達に、手下どもの顔と名をいつでも全て把握しておくよう伝えるんだ」
 九月くげつは答える代わりに静かな目で大空たいくうを見ていた。
 「いいぜ…やってやるよ…」
 大空たいくうが静かに、静かに告げる。
 「こうなりゃとことん…やってやる。戻るぞ。九月くげつ。やる事ができた。おれ達は戻って、やるべき事をやる。まずはかしらとしての最初の仕事。手下の数を把握する。どのみやこ代理だいりにも、これからはもう、誰にも勝手な真似はさせねえよ。裏の世界を、つくり変えてやる。表に出しても恥ずかしくねえ、そういう世界にしてやるよ。手伝えよ九月くげつ。おれの最高の右腕として!」
 誇らしげな目で九月くげつ大空たいくうを見て微笑む。
 「そうです。ええ、戻らないと。かしらいないとマズイですよ。こういう連中どんどん増えて困ります。あなたがいないといけません。奪った銅章どうしょう活かして下さい。出来るだけ正しい事を成す為。それが出来る物を、あなたは手に入れたのです」
 大空たいくうが笑顔で大高おおたかを、そして、海京かいきょうを、おぎ大鷹おおたか見ていく。
 「おれは、やる事が出来た。生きて帰る。おまえ達、みんな、生きて帰るんだ。共に行こうぜ。そして、共に生きて帰ってこようぜ」
 大空たいくうの目を真っ直ぐ見返す。
 「ああ。生きて帰ろう。おまえの役に立つよ。みんなの役に立ってみせる。だから、生きて帰ろう。一人も欠ける事なく。きっと、生きて帰ろう」
 かたわら海京かいきょうを見下ろす。
 「君の事をまもる。必ずまもる」
 不思議な笑みで海京かいきょうが見上げる。泣くような目で微笑まれる。思わず人目も気にせず頬に触れた。
 「まもるよ。何があっても、必ずまもる」
 涙目で微笑む海京かいきょうの頬を想いを込めてそっと撫でた。
 「俺も当然、生きて帰るぜ。死んじまうのはごめんだな。この旅に、輝かしい未来がかかってる。死んじまったら困るんでな。絶対生きて帰らなきゃならねえんだ。頼むぜ、三人の護衛さんよ‍ー。契約通り、きっちり俺をまもってくれよ。特にそこの、おかしな性格のおかしらよ~」
 皮肉たっぷりのおぎの言葉を大空たいくうは笑って鼻であしらう。
 「みんなの、足手まといにならないようにする。私の事もまもって。くう
 大空たいくう海京かいきょうに楽しそうに笑う。
 「そうだなあ。こう一人じゃ頼りねえしなあ」
 「はは…それは、どうも」
 大空たいくうの皮肉に笑い返すしかない。
 「何だよ~海京かいきょう~。オレもいるぜえ~。オレももちろん守ってやるぜえ~」
 「頼もしい。ありがとう。大鷹おおたか
 「へへ。いやぁ~」
 大鷹おおたかが嬉しそうに頭を掻く。
 ただ一人、おぎだけが不愉快な目で見ていた。
 「俺は知らねえ。頼りにするな。俺はお前が気に入らねえ」
 九月くげつおぎに驚いた顔を向ける。
 「あら、女が何より好きなあなたが、それは非常に珍しい事を。大丈夫ですよ、海京かいきょう様。私があなたをおまもりします。私はあなたが好きですよ」
 「私も、九月くげつが好き。くうこうの次に」
 「あら。それ…どちらが先です?大空たいくうが一番、こう様は二番目?あなたはどちらだと思います?」
 九月くげつが笑いながら大高おおたかを見る。思わず、確認するつもりで海京かいきょうを見る。
 海京かいきょうは笑って答えなかった。
 「え…?!海京かいきょう?」
 「はは、面白おもしれぇな」
 大高おおたかの焦りを大空たいくうは楽しそうに笑って見る。
 笑顔を改めて全員に向ける。
 「ようし、決まった。そうと決まりゃ、まずはこいつ何とかしなきゃなあ。九月くげつ。役人なんかでこいつら押さえておけるのか?このみやこの役人はどんなだ?荒れ放題のみやこだが、役所は裏世界に取り込まれたりしてねえか?」
 大空たいくうかしら代理だいりの体を縄で縛り上げながら九月くげつに問う。
 「役人なら、大丈夫です。この蘭秋らんしゅうの国王は、優秀な統治を行う善き王。こんな荒廃したようなみやこでも、王はちゃんと兵の私欲に目を配り、民の暮らしの平安の為、最善を尽くそうとしています。知っていますよね。大陸中のたみの間で言われている事」
 九月くげつ大空たいくうに笑顔を向ける。
 「″紗庚さこうの王は  姿なき王。民衆の苦しみ  何処いずこで知るや?蘭秋らんしゅうの王は  笑みの王。国を巡って笑いを広げる。厳しく規律きりつ  統治するなり″。まあ、紗庚さこうの国出身のあなた方には、実に不愉快な話でしょうが、こんな風に比べられる程、二つの国は違うという事」
 「おい!おぎ!!おまえ、知ってたかあ!?聞いたかよ今の?おれ達の国の王、″姿なき王″と呼ばれてるとよ!?」
 おぎが怪訝な顔を向け、驚く大空たいくうを不思議そうに見返す。
 「いや…それ、知らねえの多分、てめえだけだ!てめえ、自分の国の事じゃねえか!大鷹おおたか。お前も知ってるよな?」
 「う~ん、まあ〜。そりゃあな~。ガキの頃から聞くしよお~」
 大鷹おおたかが困ったように頭を掻き、気まずそうに大空たいくうを見下ろす。大空たいくうは、さらに驚いて目を見開く。
 「な…にぃー!?知らねえの、おれだけかよー!海京かいきょう、おまえは…」
 「知ってる。くうがどうして知らないのか不思議」
 海京かいきょうの冷静な答えに、これ以上ない程驚く大空たいくう
 「何て…こったよ…。おまえが、知っている事を…おれが知らねえなんてあり得ねえ…。奇跡だ。おれにはまったく…初耳だぞ‍……」
 「………あなた本当に、ヘンですね……」
 大空たいくうの驚愕の呟きに、さしもの九月くげつもこれ以上ないほど呆れ顔で呟いた………。

#翠恋譚⑰
#マガジン 翠恋譚
#創作大賞2026
#ファンタジー小説部門


いいなと思ったら応援しよう!

宇郷  伊織 お心のこもったサポートありがとうございます。 頂いたサポートをフルに活かし、無駄にせず、より一層、心の安らぎのお役に立てるよう、日々楽しんで精進します。 どうか、あなたの人生も安らぎと笑いにあふれた日々でありますように☆彡 心から感謝いたします。