【短編小説】星の守り人
寄せては返す波が足についた砂を洗い流していく。サラサラと、砂と砂がこすれ合う音が心地よく耳に響いた。足元を貝殻をかぶった生き物がよちよちと通り過ぎていく。
夕焼けが作り出す朱と黄と蒼の複雑な階調が、見渡す限りどこまでも広がっていた。老女は隣に座るロボットの肩に付いた砂を払ってやった。
「きれいね。ここがあんなに汚かったとは、信じられないわ」
「そうだね。何百年もかかってしまったけど、綺麗になった」
ロボットは水平線の上を飛ぶカモメを眺めながら言った。老女は立ち上がるとスカートに付いた砂を払い落とした。砂浜には1人と1体の足跡だけが続いていた。
人間が汚してしまった地球に、彼らロボットは置いていかれた。人間は宇宙へと逃げ出していき、地球からどんどん離れていった。
彼らはひたすら何百年も、所狭しと溢れたゴミを片付けた。
呼吸もできないほど汚れた空気を浄化し、アスファルトで固められた大地を耕した。
空と海と陸を綺麗にするグループに分けられた彼らは、文句を言うこともなく地球の掃除を続け、人間の帰りを待った。だが、人間は帰ってこなかった。
地球がすっかり綺麗になったあとも、彼らは掃除を続けた。ある日、1体のロボットが、汚れて錆の浮いたロボットをゴミと認識して攻撃を始めた。
それはウイルスのように次々と伝染していき、ロボット同士の争いが始まった。地球は再び戦禍に覆われ、荒れ果てた。
その中で1体だけ、黙々と仲間の亡骸を掃除し続けるロボットがいた。最後に作られたロボット、いわば末っ子のロボットである。
何千万といたロボットたちは、遂には末っ子ロボットを残して活動を停止した。そして、彼はその後も待ち続けた。人間が戻ってくることを。
そんなある日、1機の脱出ポッドが浜辺に着陸した。中からひとりの幼い少女が顔を覗かせた。ロボットは自分の電子回路が激しくうち震えるのを感じた。それは、喜びと呼ばれるものだったのかもしれない。
ロボットは地球の掃除をしながらも、少女を危険から守り、成長に必要なエネルギーを与えた。言語を教え、自分の知る限りの知識も教えた。
幼かった少女はあっという間に成長し、大人になっていった。
そしてロボットは、己の活動限界が近づいていることを感じ取っていた。
「永遠だと、思っていたんだ」
ロボットは立ち上がった老女を見上げ、ぽつりと言った。
「なにが?」老女はふんわりとロボットを見つめた。
「私たちロボットはね、設計上は半永久的に活動できるように作られていたんだ。太陽の光さえあればね。それが、どうだい?今では残ったのは私1体だけだ。その私も……もうそろそろ停止しようとしている」
老女は寂しそうにロボットを見つめると、労るようにその手をロボットの肩に置いた。
「あなたは本当に、よくがんばったわ。わたしの親であり、先生でもあり、親友で……。人が汚してしまった地球をこんなに綺麗にしてくれた。ありがとう」
ロボットは肩に置かれた老女の手に、軋みを上げながら自分の手を重ねた。
「──でも、結局人は戻ってこない。キミを除いてね。私たちが何百年もしていたことは無駄だったのだろうか」
老女は優しく微笑むと、ロボットのゴツゴツして錆だらけの体を、後ろからそっと抱きしめた。
「そんなわけないでしょう。確かに、人はもう戻ってこないかもしれない。でも、それでいいんじゃないかしら?見て、この空も、海も、大地も……全部、あなた達が綺麗にしてくれたから、鳥も魚も動物も、生きていられるわ」
ふたりは水平線に沈みかけた夕日に、しばらく目を奪われた。
「人が戻ってくれば、またこの星はきっと汚れてしまうわ。それこそ……永遠の繰り返し。人は忘れてしまう生き物なのよ。自分たちのしたことも……」
「永遠の繰り返しか……この寄せては返す波も、いつかは無くなるって知ってたかい?」
ロボットは規則的に打ち寄せる波を、ぼんやりと眺めながら言った。
「そうなの?それこそ、永遠に続くものだと思っていたわ。どうして?」
「月はね、1年に3.8cmずつ地球から離れているんだよ。波は月の引力によって起こるものだ。何億年後かには月は太陽よりもずっと小さくなって、潮の満ち引きは完全に無くなる。波はやがて収まり、完全に無くなる。海は湖みたいに、静まりかえった水たまりになるんだ」
ロボットは波に揺れる海を見つめている。表情の無いロボットの顔から、その感情を推し量ることは難しかった。
だが、老女はロボットが寂しがっているのを感じ取れた。彼は海が好きだから。この寄せては返す波を、愛しているのを知っていたから。
「もっともその頃には、太陽が膨張してこの地球も飲み込まれて無くなってしまうんだけどね」
「──永遠のものなんて、無いってことかしらね。なんだか、それも寂しいけれど」
太陽は完全にその姿を隠し、名残惜しそうにその残光を水平線の下から照らしていた。
「そうだ──これ、キミはいらないって言うかもしれないけど、作っておいたんだ。地球の位置情報を宇宙に飛ばす装置だよ。もしかしたら宇宙の遥か遠くに行った人類は、帰る場所を見失って迷子になっているのかもしれないよ。──私がいなくなったあと、キミがひとりぼっちになってしまうからね」
老女はその装置を受け取ると、しばらく装置を見つめていた。
「さて、私はキミとの思い出を観ながら眠りに着こうと思うけど、キミも一緒にいてくれるかい?」
「当たり前でしょう。一緒に、観ましょう」
空中に投影された映像の灯りが、夜の帳の降りた波打ち際を薄っすらと染めた。1人と1体は隣に寄り添いながら、その映像を眺めている。
少女が波打ち際を駆けていた。その頃の浜辺にはまだ、ロボットたちの残骸が無数に打ち捨てられていた。
少女は砂に埋もれたロボットの手に足を引っ掛けると、転んで泣き出した。
「やだ、こんなものまで残っているの?恥ずかしいから消してって言ったじゃない」
老女は苦笑しながらロボットを優しく睨んだ。
「キミとの思い出に……消せるものなんて、何ひとつなかったんだよ」
老女は言葉を詰まらせると、映像に向き直った。その肩が小さく震えていることに気が付いたロボットは、老女の手を優しく握った。
映像の中の少女はどんどん成長していく。1人と1体は力を合わせ、浜辺を綺麗にし、家を作り、畑を耕し、森を蘇らせた。
少女の癖なのか、作業をする前には必ず自分のほっぺたを叩いて気合を入れた。
少女は大人になっていく。ときには喧嘩をすることもあった。ロボットから顔を背け歩いていく少女を、映像は片時も離れず、ずっと見守っていた。
ロボットがぽつりと呟いた。
「キミに……会えて……よかった。キミは……私に……生きる意味をくれた。本当に……ありがとう」
映像にノイズが混じり始めた。老女はぐっと瞼に力を込めると、ロボットを抱きしめた。
「わたしこそ、あなたがいてくれて……わたしに、人生をくれて、ありがとう」
蝋燭が燃え尽きるように、映像がゆっくりと消えていく。動かなくなったロボットを抱きしめながら、老女は堪えていた涙をこぼした。
「本当に、ありがとう。──大好きよ」
翌日、良く晴れた青空の下、浜辺には1体の動かなくなったロボットが座っている。
老女はその隣まで歩いていくと、ロボットから受け取った装置に目を落とした。そして、勢いを付けて海に向かって放り投げた。
「──馬鹿ね。あなたと違って、人間はそんなに長く生きないの。わたしがひとりの時間なんて、せいぜいあと数年なんだから。ここであなたと、最後のときまでいるわ」
老女は動かなくなったロボットの肩に手を置き微笑んだ。
「永遠なんて、無くてよかったのかもしれないわ。わたしがいなくなったあと、永遠にあなたがひとりぼっちで生き続けるなんて……死んでも死にきれないじゃない。──さて、最後の大仕事をするとしますか!」
老女は腕まくりをすると、元気よく自分のほっぺたを叩いた。
*
数百年後。
地球のとある浜辺に宇宙船が降り立ち、中から2匹の生物が出てきた。それは緑色の顔をした、爬虫類のような生物だった。2匹は辺りを見渡し、感嘆の声を上げた。
「なんって綺麗な星だべ」
「んだな。こったな綺麗な星ば、みたことがねえべ」
2匹は移住先の星を探す先遣隊だ。2匹はそれぞれに別れて浜辺の探索を始めた。
「おぅい、こっちさ来てみろ!えらいもんがあんぞー!」
1匹が大声で仲間を呼んだ。仲間はすぐに近付いてきた。
「なんだなんだ?何かあったべか?」
「見てみれ、これ……」
そこには錆びついているが堂々としたロボットが1体蹲っていた。その脇には大きな巨石があり、様々な言語で文字が書かれていた。文字の下には絵も描かれている。
「なんだこれ……おっかねえ。おめ、これ読めるか?」
「読めるわけがねえべ。だども、この絵はなんとなく分かるけんど……」
そこにはロボットが大きく手を広げ、ゴミや仲間のロボットを片付けている様が描かれていた。
「おっかねえ。こんなんが動き出したら……こりゃ何をしてるんかな?」
「わがらねぇけど、そこらにあるもの全部ぶっ壊すってことじゃねか?それに、これ1個じゃねぇみてだな。ほら、このへんにもいっぺえ同じのが描いてあんべ」
2匹は顔を見合わせると、乗ってきた宇宙船に向かって早足で歩き出した。
「な、なんて言う?あぶねぇから、ここはよしときましょおってか?」
「そ、そだな。あぶねぇやつがいたから、ここはぜってえ止めときましょって、言うしかなかんべよ」
大急ぎで宇宙船を発信させ、2匹は地球から飛び出していった。
巨石にはこう書かれていた。
《星の守り人、ここに眠る》
終
少し前にとあるスマホゲームをやっていたら、この話を書きたくなりました。
方言は適当で、宇宙語な感じと思って頂ければ(^_^;)
今まで投稿した短編小説の記事をまとめました。こちらも読んで頂けると嬉しいです。
今まで投稿したショートショートの記事をまとめました。こちらは短くてさくっと読めるかと思われます😆
