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僕の本棚 第1回:読めない本

10年読んでいないのに、僕を支えてくれた本の話

本棚の奥に、カーネギーの『道は開ける』という本がある。10年以上、ページを開くことなく、そこに鎮座している。

上京してきた最初の数年は、何度か手に取ろうとした。けれど、冒頭を読むたびに「いや、今じゃない」と思い直して、そっと本棚に戻してきた。

今日は、なぜこの本を読まないまま、本棚に置き続けているのかという話をしたい。


大学生時代、僕は地元にある外資系アパレルメーカーでアルバイトをしていた。そこの女性店長さんとの出会いが、その後の人生を大きく左右することになる。

自活しながらアルバイトと勉強を両立させていた僕を、彼女はそっと支えてくれた。忙しい中でも、仕事の合間に声をかけてくれたり、進路のことで悩んでいる様子に気づいて、さりげなく手を差し伸べてくれた。大学生の僕にとって、それは思いがけない優しさだった。

そこで出会ったマネージャーたちの生き方、働き方を見ていると、社会というものが、僕が想像していたより複雑で、そして温かいものだと思い始めていた。


大学4年生の前期を控えた春、僕は道に迷った。

大学を続けるのか、やめるのか。そもそも、何がやりたいのか。当時は忙しかったから、就職活動で悩む時間すら十分ではなかった。そのため、4年生の後期から休学して、自分が本当にやりたいことを探すことにした。

映像制作に惹かれていた。ショートフィルムやミュージックビデオに心惹かれる自分を見つめてみると、その中にある「表現の優しさ」「人と人をつなぐ力」を感じていた。映像制作会社か、あるいは総合商社の営業——そうして東京の制作会社と、大手商社で最終面接まで駒を進めた。

だが、両社とも、最終面接で落とされた。

本当にやりたかった「俳優」という仕事について、まだ何もチャレンジしていなかった。その気持ちが、面接官の目には透けて見えたのだろう。

2番目にやりたいことができないなら、一番やりたかったものをやろう。東京に上京して俳優として生きよう。そこで、就職活動を終えた。


その時期、アルバイト先の後輩たちが次々と就職活動を始めていた。一期下も良い会社に決まり、二期下も活動を始めたばかり。みんなの姿がキラキラしていた。

そんな状況を察したのか、先ほどの店長さんは、何度も声をかけてくれた。ご飯に誘ってくれて、彼女の人生について話を聞かせてくれた。フランス人の旦那さんのこと、一人で育てている息子さんのこと、海外での経験。彼女は、一人で道を歩もうとしている僕に、決して上から指示するのではなく、そっと自分の人生を見せてくれた。

それはある意味で、「そういう生き方もある」という静かなエールだった。

その後、彼女の影響もあって、大学卒業が見込める時期に、2週間ほどヨーロッパを一人で旅することができた。就職という選択肢を手放した僕にとって、それは何物にも代えがたいギフトだった。


旅から帰ってきた。いよいよ、アルバイト先を辞めて上京する日が来た。

その日、彼女はこの本を僕に手渡してくれた。

「○○君は、一人で考えすぎてしまうところがあるでしょう。東京は、自分の目標を持って上京しないとすぐに負けて帰ってくる場所だから。私が一番影響を受けたこの本をあげるね。本当に東京で辛くなった時や、立ち行かなくなった時にこの本を開いて読んでみて」

そう言って、本を手渡された。

僕はその約束を守って、その本は読まないまま東京に上京した。


高円寺のアパートに着いた初日、本棚の一番目立つ場所に、この本を飾った。

いつでも手に取れるように。その約束のことを忘れないように。彼女の想いを、そっと側に置いておくために。


それから何年も、この本は読まれることなく、そこにあり続けた。

俳優という仕事の中で、何度も途方に暮れた。仕事が全くない時期も経た。そういう時、この本を何度も開こうとした。

正直なところ、2回ほど開いた。目次を読んでいるうちに、「いや、ここが自分の限界点ではないし、ここからまだ頑張れる」と思ってその本を閉じた。

その本の中には、僕の同期や後輩たちと撮った集合写真が入っていた。その大きな集合写真の裏には、その店長からのメッセージが書いてあった。

その文字を目にした瞬間、我に帰る。

本を読む必要なんて、なかったのだ。彼女が伝えたかったのは、本の「内容」ではなく、「その本があること」そのものだった。本を開く度に、彼女が自分のことを見守ってくれていたこと。その想いを、集合写真とメッセージという形で、そっと置いておいてくれていたこと。

僕はそれを読んで、また頑張り続けることができた。


彼女は、僕のそういう性格をすべて分かっていたのだと思う。

本を読ませるのではなく、本を置かせる。その本があることで、彼女の想いが形として存在し続ける。本の存在そのものが、僕の最後の砦になると知っていたのだろう。

東京に来て、何度も開こうとするたびに、僕はそのことに気づかされた。


今はもう、この本を開くこともない。おそらく、これからも内容を読むことはないだろう。

けれど、本棚にあるこの本を見つけるたびに——

本当に辛い時も、やめてしまいたい時も、ずっと、誰かが見守ってくれているような気がする。

その感覚だけで、僕は今も、そして、これからも、頑張ることができるのだと思う。


一番最初の本の紹介コーナーがこういった「本の紹介」でなく申し訳ないですが、一番最初に書くとなったらこのエピソードかなと思い、筆をとりました。

お読みいただきありがとうございました。

浮雲アクト





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