「いつか、よくなる」ためには「今、ダメ」じゃないといけない。
「いつか、よくなる」ためには
「今、ダメ」じゃないといけない。
僕らはなんとなくずっと、
「今の人生は嫌だ」と感じているように思う。
何か物足りない。
もっと楽しいことないかな。
もっと安心したい。
そんなふうに感じている人がほとんどだと思う。
白馬の王子様が迎えに来てくれる日。
奇跡のような転職が決まる日。
宝くじが当たる日。
多くの人は、そんなXデーを夢見て生きているように感じる。
そこにあるのは強烈な期待。
とんでもない大変革。
圧倒的な変化。
「あの日から全てが変わった」と言えるような明らかな境界線。
そんなものを欲して生きている気がする。
私は思う。
それは同時に
今の自分が幸せであるということを認めてはならない
というルールを自分に適用するということにもなるのではないか、と。
なぜなら、今の自分がうだつの上がらない平凡な人間であり、持たざる者でなければ、人生の色が完全にパチっと切り替わるような革命が起きる気がしないからだ。
今の人生に満足していない人は、自分はダメな人間なんだ、今の自分は間違っているんだ、と思い込むことによって「何かのきっかけで自分がダメじゃなくなって正しい人間になれば満足できる人生を手にすることができる」というロジックを成り立たせようとしているのではないか。
要は「最高に幸せな未来が私を待っている」という希望を人生に残しておくためには「今の自分を不幸にしないといけない」ということだ。なぜなら「今幸せ」なら、これ以上の変革は望めないから。
こうして私たちは「自分は不幸なんだ」「今はうまくいっていないんだ」と無理にでも思い込むことで「だからいつか自分が変わって革命が起きる」という未来を残そうと必死になっているのではないか。
私はここに気付いしまった。
「いつかよくなる」ためには「今ダメ」じゃないといけないのだ。
だから必死に今の自分を否定して、
「だからダメだったんだ!」と気づきを重ね、
幸せになることを先送りにしていく。
そうすることで「いつかやってくるかもしれない幸せ」をぶら下げて、不幸な自分として生きていくのだ。
「大革命が起きる日」のために「不幸な自分」として生きていくのか。
変わり映えのない平凡な日々の中を「幸せな自分」として生きていくのか。
この2択ではないけれど、
そんなことを自分に問う日となりました。
