田宮会長とオジー 私の人生を大きく変えたふたりの訃報
どうも、ウクモリ ヒロオです。
昨夜はタミヤの田宮俊作会長、そして今朝はオジー・オズボーンの訃報を知り、とても寂しくなりました。タミヤは慣れ親しんだプラモデルメーカーで、最近ではミニ四駆にハマっていたこともあり、人生を通じて愛し続けているブランドです。そして、自叙伝「田宮模型の仕事」は、仕事にこだわることの大切さを教えてくれた、バイブルのような一冊でもあります。

2012年、静岡ホビーショーの会場で強引の撮影していただいた田宮会長とのツーショット。この時はタミヤ主催のバスツアーの参加し、会場到着時に会長を交えた集合写真の撮影タイムがあったので、撮影終了直後のワンチャンスを活かせました。
同行していた社員の方が、「お時間が」と言いかけたのを聞き、会長が「まあいいじゃないの」と言って許諾してくれ、本当に嬉しかったのをおぼえています。私の服装が・・・だったので、いずれまたの機会をと思っていましたが、その機会は訪れませんでした。
オジーも同様、私の人生の大半は彼の音楽と共にあります。
調べてみたところ、私は1989年1月6日にヒューストンでオジーのライブを初体験しました。「No Rest for the Wicked」のリリースに伴うツアーで、前座には人気絶頂のANTHRAXが登場した、かなり豪華なライブだったことを思い出します。また、ランディ・ローズの再来と言われた、ザック・ワイルドが華々しくデビューしたツアーでもありました。ランディ・カスティロやギーザー・バトラーも元気だった・・・今思えば、とても貴重なライブを観れたなと。
あのライブでのオープニングは、今でも鮮明に覚えています。メンバーが登場する際に流れる「Carmina Burana」が終わった瞬間、ステージ中央に火柱が立ち、消えた時にはオジーが立っている。シンプルながら、オジーの神々しさを的確に捉えた演出に興奮しました。
1991年11月の武道館での「幻の引退ライブ」では、当時大好きだったSaigon Kickが前座で登場し、静まり返った武道館の中でひとり興奮していました。あの当時はチケットに恵まれ、このライブでは武道館アリーナ中央の3列目でライブを堪能。
かえる跳びを華麗に披露したり、子供のような満面の笑みでお尻を見せたりと、茶目っ気たっぷりなオジーを堪能しました。バケツで水を撒くオジーにはちょっと恐怖を感じましたが(笑)
この時のオープニング曲は「Bark at the Moon」でしたが、始まる直前の映像による演出にも興奮した記憶が。そして、引退を宣言したアーティストを再度観るのが好きではない私は、この2日間を境に、オジーのライブには行かなくなりました。
ただ、最盛期のオジーを何度も堪能出来たことは、私にとっては宝のような思い出です。ドラッグに溺れてから奇跡的に生還した彼だからこその世界。先日イギリスで開催された引退ライブには、多くのミュージシャンが駆けつけました。ローリング・ストーンズのロン・ウッドがいたりしてビックリしました。
あのライブ、それだけ彼がリスペクトされ続けてきたということなんだなと。ANTHRAXのスコット・イアンが、一緒に写真を撮っていましたが、彼らの出会いは私が最初に観たオジーのライブでの共演だったことを思えば、その時の彼らの共演はとてつもなく大きな意味を持っていたんだなと思わずにいられません。
天国で最愛のギタリスト、ランディ・ローズとの再会を果たしているであろうオジー。訃報に大きな衝撃を受けましたが、今思えばラストライブは盛大なる送別会だったんだなと。本当にやり切ったから悔いは無いだろうな・・・そんなことを思います。
No more tears。
ご冥福をお祈りします。

こちらの直筆サインは、伊藤政則さんのイベントで分けていただいたもの。なので、正真正銘オジーの直筆です。今でも大切に取ってあります。
こんなことを語りつつ、今日のnoteを終えたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。感謝!
