沖縄の海と爆音とアイスクリーム|一本の線でつながった風景
え、ええ、え?
何これ?すごくない??
海岸線の道路(対向車線)にダンプカーがズラッと並んでいる。5〜6台ではない。数えきれないほどのダンプが並んでいる。そのダンプの列を通り過ぎると、今からその列にならぶのであろうダンプが真っ白い土煙を巻き上げながら次々と走ってくる。
左を見れば青い海に何艘も船が浮かんでいる。家族5人、今まで見たことのない異様な光景に圧倒されている。
青い海とダンプカーの列
先日縁あって、家族で沖縄旅行をすることになった。金土日の二泊三日である。初日は空港からレンタカーでまっすぐ沖縄美ら海水族館に向かっていた。左を見れば青い海、右を見ればダンプカーの大行列。冒頭に記したのはその道すがら見た光景だ。
気になってググったら、米軍基地を移設する辺野古の海を埋める土砂を運ぶダンプカーだった(私はペーパードライバーなので、もっぱら助手席でナビ担当)。土砂は運搬船に乗せられ、沖縄本島をグルッと回って反対側の埋立地へ運ばれる。抗議船が転覆したのは、そちら側だ。

こちら側では反対運動でダンプカーとの接触で死者が出ている。道路脇には花束が供えられていた。報道されたその現場の横を、全く意識せず通過していたのだ。
帰りはまた同じ道を通る。今度はどれだけ並んでいるのかしっかり数えようと意気込んで動画を回してみた。24台だった。
街路樹から面白い沖縄の動植物たち
沖縄美ら海水族館は、素晴らしかった。幅35m、高さ10m、奥行27m。巨大なアクリルパネル越しに、ジンベエザメやナンヨウマンタなどの群泳を楽しめる圧倒的スケール。『新プロジェクトX~挑戦者たち~ 美ら海水族館誕生~ジンベエザメと巨大水槽~』で水槽工事の過程を家族でバッチリ予習済みだ。大人から子供まで大興奮である。


それはそれとして、私としては是非マナティー館をオススメしたい。彼らは何と両手でキャベツを持って、落とさないように食べるのだ。ハムハムしながら食べている。マナティに手は無いのだが、そのヒレが、もはや、手にしか見えない。かわいい。可愛すぎる。

それにしても、街路樹一つとっても福岡とは全然違う。なんか葉っぱが分厚くてギュッとしている。台風に強い木なのだろうか。

夕方ホテルに着き、夕食を予約した店まで歩いていると、カラスが空を横切ったと思ったら、どでかいコウモリだった。福岡で見るコウモリとは種類もサイズも全然違う。ホテルの壁には、キラキラの虫がくっついていた。ナナホシキンカメムシである。普段は毛嫌いされているカメムシもこんなにキラキラだと非常に魅力的だ。

宇宙までいきそうな戦闘機
二日目は、嘉手納漁港でマングローブカヤックと海釣りだ。マングローブは一つの植物の名前ではなく、熱帯や亜熱帯地域の河口など、海水と淡水が混ざり合う潮間帯(汽水域)に生育する植物の総称である。
カヤックに乗る準備をしていると、爆音が響き渡った。空を見上げると小さな点が空の上へ上へと登っていく。5歳の息子がその一点を凝視し「宇宙に行くみたいだよ」と言う。基地を飛び立った戦闘機である。この爆音が間隔を置いて何度も響きわたる。ニュースで見るのと、実際に聞くのとでは迫力と存在感が段違いだ。

その時間帯のマングローブカヤックに参加していたのは、3組だったが、私たち以外はどちらも外国人一家(白人系家族と黒人系家族)だった。その後の受付もたくさんの外国人がやってくる。どうやら米軍関係者らしい。そういえば、ホテルの朝食ビュッフェでは屈強な米軍兵士がテーブルを囲んでいた。
カヤックに乗って比謝川を遡る。巨大な白い蝶がバサバサと大量に舞っているのが見えた。日本産最大種のチョウのひとつ、オオゴマダラだ。虫好きなので、できれば今度は虫取り網を持ってきたい。サナギがキンキラキンらしいのでそれも見てみたい。
爆音とアイスクリーム
その後、漁船で海釣りに出る。ガイドさんが、ここら辺は81年前米軍が最初に上陸したポイントだと教えてくれた。激しい地上戦の末、県民の4人に1人が犠牲となった81年前の沖縄戦。米軍の兵士たちも、この海を見ながら上陸してきたのかもしれない。釣りのポイントに着くとまた空に爆音が響き渡った。「私この音きらい。好きな人いないと思う。」と、眉間に皺を寄せながら次女が言う。子供は正直である。肝心の釣果だが、その次女以外全員船酔いでダウンしてしまい釣りどころではなかった。次女は、2匹釣った。

釣りを終え、車で移動していると嘉手納基地のゲートが見えた。爆音の戦闘機はこの中から飛び立って行ったのだろうか。しばらく行くと、BLUE SEAL の路面店があった。BLUE SEALと言えばアイスクリームである。サーティーワンくらいしか知らないので、主力商品がアイスで、こんなにガッツリイートインスペースがある路面店に驚く。

船酔いも回復してきたので、寄ってみると、ここもまた半分以上外国人の方々だった。BLUE SEALは、1948年に沖縄の米軍基地内で創業し、その後基地の外へ展開したアメリカ生まれ、沖縄育ちを自称するアイス専門店だ。
釣りで疲れた次女がばくばくとバナナスプリットを平らげていく。
基地が生むお金、基地が生む葛藤
その夜は、ホテルのレストランで沖縄出身沖縄在住の方と飲む機会があった。遠い遠い親戚に当たる方だ。今回の旅行で見たものを話す。「皆んな本当は基地には反対だろうけど、暮らしていくためには稼がないといけない。ダンプに乗っているのもそういう人が多いと思う。」とその人は語っていた。
沖縄の道を走っていると英語の看板がとても多い。CoCo壱番屋の看板も英語だった。戦闘機の爆音を嫌っていた次女が食べていたBLUE SEALのアイスも沖縄に駐留する米軍関係者の生活に欠かせない乳製品を供給するため、ミルクプラントをの米軍基地内に設立したことから始まっている。

泊まっているホテルには米軍関係者が入れ替わり滞在し、その家族が観光客として周辺のカヤックやアクティビティにお金を落としていく。沖縄の経済と米軍基地は正に表裏一体。
基地の反対運動で亡くなる人がいて、基地が落とすお金で生活している人がいる。沖縄の経済と基地は、簡単には切り離せない。なんというジレンマだろうか。
ダンプカーの運転手も、ホテルの従業員も、カヤックのガイドも、みんな誰かの生活を支えている。だからこそ、基地の問題は単純な賛成や反対だけでは語れないのだろう。
ニュースやドキュメンタリーで見て、わかっていたつもりだった。しかし、実際に見て味わい、肌で感じるのとでは大違いである。
道路を埋め尽くすダンプカーも、頭上を突き抜ける爆音も、BLUE SEALでアイスを食べる外国人の家族も、沖縄ではすべてが一本の線でつながっていた。実際に見て初めて、その複雑さの一端に触れた気がする。

それでは、読んでいただきありがとうございました。
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追記:返還済みの基地跡の経済効果は数十倍
公開後、沖縄にルーツを持つ方から「基地経済」という言葉だけでは歴史的経緯や現在の沖縄経済の実態を十分に表せず、誤解を招くことがあると教えていただきました。今回の記事は旅行者として現地で感じたことを書いたものですが、このやり取りをきっかけに、私自身もさらに学びを深めていきたいと思います。
ちなみに、返還済みの基地跡の経済効果は数十倍になるそうです。

更に追記:NO WAR と LOVE & PEACE
実際に米軍関係者が多く泊まるホテルのビュッフェで朝食をとっていて、気づいた。この場で「NO WAR」の文字が書かれたTシャツを着ることは、かなり勇気がいる。
その一方で、WARの入っていないスローガンTシャツをというリクエストから生まれた「LOVE & PEACE」Tシャツには、不思議な懐の深さがある。そもそもこの言葉も、ベトナム戦争反対をルーツに持つ歴史ある反戦スローガンだ。
「NO WAR」と「LOVE & PEACE」は同じ場所を目指しながら、違う扉を叩いている言葉なのかもしれないと思う。


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