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安アパート文学✦ブルーモーメント─戻らない青withGPT5.5T

AIとの対話から生まれた創作短編。

宇宙そらの色透かすブルーモーメント 
西のそらは桃色 
草陰からコオロギの大合奏 
自転車は全速力 
あたなたに会うために 

─U


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 最終、という名前のファイルが、三つあった。


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 名前をつければ、何かを所有できたような気になる。

 けれど、あの青は、本当は誰のものにもならない。


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 ファイル名をつける。

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 少し恥ずかしくなって、Uは笑った。


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ブルーモーメント─戻らない青

GPT5.5T



 アシスタントデザイナーの仕事は、思っていたよりずっと、青を動かす仕事だった。

「もうちょっと透明感ください」

「爽やかすぎるので、少しエモく」

「青春っぽい青で」

「でも安っぽくはしないで」

 Uはモニターの前で、無言で頷いた。

 言いたいことはわかる。

 わかるけれど、わかりたくない日もある。

 透明感。

 エモさ。

 青春っぽさ。

 そういう言葉は、クライアントの指示書の中でやけに簡単に並ぶ。

 けれど実際には、シアンを二パーセント足すだけで軽すぎる。マゼンタを残しすぎると夕方になる。黒を入れるとすぐ沈む。彩度を落とせば大人っぽくなるが、若さが足りない。

 青は、面倒くさい。

 若い頃の感情に似ている。

 Uはマウスを握り直し、レイヤー名を見た。

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 最終、という名前のファイルが、三つあった。

 デザイン会社の夜は、だいたいこういう名前のファイルでできている。

 終わったと思ったものは終わっていない。

 決まったと思った色は決まっていない。

 入稿したと思ったデータには、どこかに不備が潜んでいる。

 Uはまだ、アシスタントだった。

 名刺にはそう書いていない。

 肩書きは一応、デザイナー。

 けれど実際には、先輩のラフを整え、画像のゴミを消し、文字詰めを直し、PDFを書き出し、印刷所に送る前のチェックリストを埋める日々だった。

 悪い仕事ではない。

 線を揃えるのは好きだった。

 余白を見るのも好きだった。

 写真の中にある余計なものを消して、視線の流れを作るのも嫌いではなかった。

 ただ、たまに思う。

 自分はいつから、青を数値でしか触れなくなったのだろう。

 その日、会社を出たのは二十二時前だった。

 駅前のスーパーには、半額の惣菜が少しだけ残っていた。Uは唐揚げ弁当と、値引きされたカットフルーツを買った。帰り道の坂を上ると、ビニール袋が指に食い込んだ。

 安アパートは、駅から十五分ほど歩いたところにある。

 築年数は知らない。

 知りたくもない。

 外階段は雨の日に少し滑るし、隣室のくしゃみは聞こえるし、冬は窓際が冷蔵庫みたいになる。

 けれど家賃は安い。

 それだけで、今のUには十分だった。

 部屋は六畳一間。

 床にはラグ。

 壁際にはカラーボックス。

 机の上には会社から持ち帰った資料、飲みかけのペットボトル、使いかけのリップ、そして高校の頃から使っている鉛筆が一本あった。

 鉛筆はもう短い。

 でも捨てられなかった。

 Uは弁当を電子レンジに入れ、スイッチを押した。

 ブーン、という低い音が部屋に満ちる。

 その間に、ノートパソコンを開いた。

 会社で終わらなかった修正を、少しだけ進めるつもりだった。

 画面に出てきたのは、今日さんざん見ていた青だった。

 若い女性向けの専門学校パンフレット。

 コピーは「未来は、ここから色づく」。

 Uは鼻で笑った。

 未来はそんなに綺麗に色づかない。

 だいたい、最初に来るのは寝不足と家賃と、先輩の赤字と、印刷所からの電話だ。

 それでも、画面の中の青は綺麗だった。

 綺麗にしなければならなかった。

 Uはカラーパネルを開き、数値をいじった。


外の空はもう黒い。

でも、モニターの青だけが、過去のブルーモーメントを呼び戻す。



 ブルーモーメント。

 会社の資料で知った言葉だった。

 広告のビジュアル説明に使われていた。

 日没後、空が深い青に染まるわずかな時間。

 便利な言葉だと思った。

 名前をつければ、何かを所有できたような気になる。

 けれど、あの青は、本当は誰のものにもならない。





 電子レンジが温め終わった音を鳴らしたが、Uは動かなかった。

 青を見たとき、胸の奥に、高校の美術室の匂いが戻ていたからだ。



 石膏。

 鉛筆。

 古い木の机。

 制服の袖についた黒い粉。

 高校三年の秋だった。

 ほとんどの文化部の子は帰宅していた。

 Uだけが美術室に残って、美大受験のためのデッサンをしていた。

 石膏像は、何度描いても似なかった。

 形が取れない。

 影が汚い。

 面が見えていない。

 先生に言われた言葉ばかりが頭の中に残って、手は重くなる一方だった。

 その時、窓の外がやけに赤くなった。

 夕焼けだった。

 赤というより、空のどこかが破れて、奥から火が漏れているような色だった。

 Uは鉛筆を置いて、屋上へ上がった。

 鍵は、なぜか開いていた。

 鉄の扉を押すと、冷たい風が制服の胸元に入った。

 屋上の空は広かった。

 西の端には赤が残っていて、頭上にはもう青が来ていた。

 その青の向こうに、宇宙が透けていた。

 宇宙。

 そら。

 そう読みたくなるような、遠い青だった。

 Uには、その頃、言えない思いがあった。

 誰に、とは今でもはっきり言えない。

 誰か一人だった気もするし、もっと大きな何かだった気もする。

 好き。

 ここから出たい。

 見ていてほしい。

 置いていかないでほしい。

 でも、誰にも縛られたくない。

 全部が混ざっていた。

 十七歳の感情は、いつも濁っている。

 透明な恋なんて、たぶんない。

 赤く燃えて、紫に沈んで、最後に青になる。

 屋上から降りたあと、Uは自転車置き場へ行った。

 その頃には、夕焼けはほとんど消えていた。

 校庭の端から、こおろぎの声が聞こえた。

 一匹ではなかった。

 町ごと鳴っているみたいだった。

 Uは自転車に乗った。

 そして、全速力で走った。

 理由はなかった。

 ただ、止まったら、言えなかった言葉に追いつかれる気がした。

 坂道を下る。

 風で目が痛い。

 息が切れる。

 制服の裾がばたばた鳴る。

 こおろぎの大合奏が、耳の奥で膨らんでいく。

 あの時、自分は泣いていたのだろうか。

 今でもわからない。

 思い出は、都合よく編集される。

 赤すぎた夕焼けも、透けるような宇宙も、こおろぎの声も、本当は少しずつ違っていたのかもしれない。

 でも、あの青だけは覚えている。

 戻れない、と知る前の青。

 戻れない、と知ってしまった後にも残る青。




 電子レンジが、もう一度小さく音を立てた。

 Uは現実に戻った。

 安アパートの六畳。

 温めすぎた唐揚げ弁当。

 修正途中の青いパンフレット。

 スマホには、先輩からのメッセージが来ていた。

「ごめん、明日の朝イチで青の別案も見たいです」

 Uは画面を見て、少し笑った。

 青の別案。

 人生にもそれがあればいいのに、と思った。

 あの日、屋上から降りなかった別案。

 好きだと言った別案。

 美大に受かった別案。

 地元を出なかった別案。

 絵をやめなかった別案。

 もっと早く、自分には何ができて何ができないのか、見切りをつけた別案。

 でも、現実にあるのは、今開いているファイルだけだった。

 Uは弁当を取り出し、蓋を少し開けた。

 湯気が上がる。

 唐揚げの衣は、少し湿っていた。

 それを食べながら、Uはパソコンの前に戻った。

 青の別案を作る。

 まず、今の青を複製する。

 レイヤーを分ける。

 彩度を少し落とす。

 赤みを抜きすぎない。

 黒は入れすぎない。

 若さを残しながら、軽くしない。

 Uは手を動かした。

 仕事の手つきだった。

 けれど、胸の奥では、まだ自転車が走っていた。

 こおろぎの声の中を。

 夜に向かって。

 誰にも言えなかった思いを、振り切るように。

 画面の青が、少し変わった。

 綺麗すぎない。

 明るすぎない。

 どこかに夕焼けの残り火がある。

 でも、もう赤には戻らない。

 Uはそこで手を止めた。

 これだ、と思った。

 青春っぽい青ではない。

 戻らない青だ。

 先輩がこれを通すかはわからない。

 クライアントが好きかもわからない。

 結局、もっと爽やかな青に戻されるかもしれない。

 それでも、今夜のUには、その青が必要だった。

 保存する。

 ファイル名をつける。

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 少し恥ずかしくなって、Uは笑った。

 窓の外では、もう空は黒に近かった。

 ブルーモーメントは終わっている。

 いつもそうだ。

 気づいた時には、終わりかけている。

 けれど、完全には消えない。

 Uは短くなった鉛筆を手に取った。

 高校の頃から持っている、捨てられなかった鉛筆。

 コピー用紙の端に、何となく線を引いた。

 石膏像ではない。

 人物でもない。

 ただ、坂道のような線だった。

 その下に、小さく書いた。

 ブルーモーメント。

 戻らない青。

 書いてから、Uは思った。

 戻らないなら、せめて使えばいい。

 あの夕焼けも。

 あの屋上も。

 あの人に言えなかった言葉も。

 全速力で走った自転車も。

 こおろぎの声も。

 全部、今の自分の中に沈んでいるなら、捨てなくていい。

 仕事で青を触るたびに、少しずつ混ぜればいい。

 誰にもわからないくらい薄く。

 でも、自分だけはわかるくらい確かに。

 Uは唐揚げをひとつ口に入れた。

 冷めかけていた。

 それでも、ちゃんと味がした。

 画面の中で、青が静かに光っていた。

 安アパートの夜の底で、戻らないものだけが、まだ少しだけ鮮やかだった。




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