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「悪意のない図々しさ」が必要なときがある                『クロエマ』と、横浜中華街の占いを旭川の朝に思い出した夜

旭川の朝が好きだ。
まだ街が完全に目を覚ましていない時間帯。
窓を開けると、冷たい空気が一気に流れ込んでくる。
その冷たさが、妙に落ち着く。
その空気の中で、アマプラの『クロエマ』を観た夜のことと、昔、家族で行った横浜中華街の占いを、ふと一本の線で結びたくなった。

家族で歩いた横浜中華街と、湯気の向こうの占いブース

昔、MRとして横浜を担当していた頃がある。
仕事で何度も通ったはずの街を、ある日、家族と一緒に歩いた。
観光客で賑わう中華街の路地。
店先から絶え間なく立ちのぼる湯気。
その中から適当に選んだ店で買った豚まんは、やっぱり期待通りにおいしかった。
少し甘い皮の香りと、口の中でほどける肉汁。
「やっぱり本場は違うね」なんて当たり前のことを言いながら、家族で頬張ったあの時間は、完全に「観光客側の自分」だった。
そのすぐ近くの路地に、小さな占いの看板が出ていた。
「せっかくだし、行ってみようか」と、家族でなんとなく足を向けた小さなブース。
そこで言われたのが、

「5年以内に、環境が大きく変わって、良い方向に動きますよ」

という一言だった。
その場では「はいはい、そういうやつね」と笑いながら聞いていた。
仕事も生活も、当時の僕には「このまま続いていく」ようにしか思えなかったからだ。

気づけば旭川にいて、そこそこ結果を出している

あれから時間が経って、今の僕は旭川にいる。
窓を開けたときに入ってくる空気の温度も、
駅前で聞こえてくるアナウンスのイントネーションも、
仕事で回る病院の名前も、すべてが変わった。
中華街の豚まんから、旭川のラーメンとジンギスカンへ。
担当エリアも、日々のルーティンも、大きく塗り替えられた。
簡単な道のりではなかったけれど、今振り返れば、
「そこそこ結果を出せている」と言っていいくらいには、ちゃんと仕事も前に進んでいる。
あのとき中華街で言われた「5年以内に環境が変わって、良い方向に動く」という言葉が、
占いとして「当たった」のかどうかは分からない。
ただ、旭川の朝の冷たい空気を吸い込むたびに、
「ああ、たしかに環境はがっつり変わったな」と、少しだけあのブースを思い出す。

『クロエマ』の占いシーンが、あの日の記憶を引き出してくる

アマプラの『クロエマ』は、占いをきっかけに、人の秘密や人生の謎に触れていく物語だ。
でも、その魅力は「当たるかどうか」ではなく、占いの場に座った人たちの心が、少しずつほどけていく過程にある。
カードや星は、単なるきっかけにすぎない。
本当に扱っているのは、その人が長いあいだ胸の中にしまい込んできた不安や、言葉にならなかった本音のほうだ。
横浜中華街の占いブースで言われた一言も、今思えばそうだったのかもしれない。
「環境が変わる」という未来予想そのものよりも、
「自分は本当は、このままでいいと思ってないのかもしれない」という違和感を、そっと言語化してもらった時間だった。

「悪意のない図々しさ」が必要なときがある

第2話で、エマがこんなニュアンスのことを口にする場面がある。
相手の顔色をちゃんと見ながら、それでもギリギリ嫌われないくらいの、悪意のない図々しさが大事なんじゃないか——と。
あの一言が、妙に胸に残った。
営業の現場でも、占いの場面でも、たぶんそれは同じだ。
遠慮しすぎたら、相手の本音には届かない。
かといって、踏み込みすぎれば、ただの押しつけになってしまう。
・相手をちゃんと見ていること
・それでも、一歩だけ踏み込むこと
・その一歩に、悪意がないこと
エマの言う「悪意のない図々しさ」は、占いをセラピーへと変えていくための、小さなスイッチみたいなものだと思った。
横浜の占いブースで、「5年以内に環境が変わる」と言い切った占い師にも、
きっとそういう図々しさがあったのだろう。
あの一言がなければ、僕は自分の変化をこんなふうに意識していなかったかもしれない。

杉咲花×多部未華子の「妙に合う」コンビ

この「占いはセラピーかもしれない」という感覚を、鮮やかに見せてくれるのが、杉咲花と多部未華子のコンビだ。
杉咲花が演じるエマには、崖っぷち感と素直さが同居している。
失ったものの大きさに押し潰されそうになりながらも、それでも人に手を伸ばす、ぎりぎりの明るさを持っている。
その明るさの中に、さっきの「悪意のない図々しさ」がちらっと見える。
一方、多部未華子のクロエは、どこか掴みどころがない。
距離感のある物言いなのに、その奥に、割り切りきれない優しさや孤独がちらっと見える。
性格も立ち位置もまるで違うのに、この二人が並んだときの空気感が、なぜか妙に合う。
ぴったりと噛み合う相棒、というより、
それぞれが勝手なリズムで動いているのに、結果として画面の上では綺麗なバランスになっている——そんな関係だ。

クロエ=冷たい空気、エマ=差し込む朝日

旭川の朝の静けさと冷たい空気が落ち着くのは、
余計な音や情報が削ぎ落とされて、「自分の呼吸」とだけ向き合えるからかもしれない。
『クロエマ』の二人を見ていると、
クロエはその冷たい空気に近くて、エマはそこに差し込んでくる朝日のようだと感じる。
クロエの言葉は、ときどき刺さるくらい冷静で、澄んでいる。
エマの反応は、人間くさくて、少しだけ温かい。
冷たい空気だけだと心がこわばるし、
朝日のような暖かさだけだと、現実から目をそらしてしまう。
その中間を取ってくれるのが、この二人の「妙に合う」コンビ感だ。
旭川の窓から入ってくる冷たい空気と、
画面の中で動くクロエとエマの表情が、不思議とよく似合う。

占いは、人生の途中で立ち寄る「静かな部屋」

横浜中華街の占いブースも、
『クロエマ』の占いの店も、
旭川の朝にひとりで深呼吸するこの部屋も。
全部、僕にとっては「人生の途中でふと立ち寄る静かな部屋」みたいなものだ。
未来を完璧に言い当ててもらうための場所ではなく、
今の自分の立ち位置や、不安の正体を、そっと確かめ直すための場所。
旭川の朝の静けさの中で、
中華街の湯気立つ豚まんと、あの占いブースを思い出す。
その記憶の上に、『クロエマ』のクロエとエマが重なっていく。
たまたまかもしれないし、たまたまじゃないかもしれない。
その曖昧さごと抱きしめながら、今日もまた、冷たい空気を一口吸って一日を始める。


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