子供の癇癪というバグに、ムキになって喧嘩
今日、子供の癇癪にイラついて喧嘩した。
原因はめちゃめちゃしょうもない。
『野球のソックスが履けない、ベルトができない」というもの。
予想以上にしょうもないですよね、すみません。
不器用な小3男子なもので一人で着るのにはちょっとコツがいるのです。
(一人で出来ないと意味がないので、要請が掛かるまでこちらからは何もしないスタンス)
出発時間が迫ってきているのにできないことにイライラして癇癪。
そんなに怒るなら行くの辞めてしまえ!と見てるこちらもイラついてししまった・・・。
正直、癇癪を見ててイライラするのは仕方ないと頭では分かっている。
分かっているのに、イライラしてしまう。今日もその通りになった。
でも喧嘩したあとに振り返って、「ああ、こうしておけばよかったな」と思うことがいくつかあったので、デバッグログとして残しておきます。
そもそも、癇癪は「起こるもの」
子供の癇癪は、いわば制御不能なバグ。
こちらがどれだけ丁寧に環境を整えても、完全に防ぐことはできない。
だから最初から「エラーは出るだろう」と想定しておくのが前提になる。バグが起こること自体に驚いたりムキになったりするのは、そもそも設計上、無理のある期待をしていたということだ。
想定しておけば、起きたときの自分の反応も「またか」で受け止められる。
今日はその想定が甘かった。
原因の排除、または対処
癇癪の原因がはっきりしているなら、その原因自体をあらかじめ排除する、または事前に対処しておくべきった。読みが甘かった。
その日その日で全部つぶすのは無理でも、「今回はこれが原因っぽいな」と分かったら、次回への改善材料としてストックしておく。
完璧な再発防止ではなく、地味な改善の積み重ねでしかない。ここはバグ修正と同じで、一発で直そうとするとかえって拗れる。
「不利になる」ことは伝えておく
これは相手がある程度言葉の分かる年齢の場合の話だが、癇癪を起こすことで自分が不利益を被ることは、あらかじめ伝えておく方がいい。
これは脅しではなく、仕様の共有だ。
『こうなったらこうなるよ』という情報を渡しておくことで、判断材料が本人の中に増える。
それを使うかどうかは本人次第だが、情報を与えていないまま結果だけ引き受けさせるのはフェアではない。
自分の行動がどんな形で自分に返ってくるかは知っておくべきだと思う。
自分がやることと、やらないこと
ここが一番の反省点だった。
自分がやるべきなのは、最低限の安全確保と、周囲への配慮の2つだけ。それ以外は、基本的に子供に任せる範囲になる。
情報を与える(不利になることを伝える)
環境を整備する
このふたつをやったら、あとは影響の範囲外だ。それなのに今日は、範囲外のところまでコントロールしようとしてしまった。「ちゃんと言うことを聞かせよう」「理想的に収めよう」とすると、大抵うまくいかない。むしろ破滅する。
どうせ思い通りにはならない
これに尽きる。
子供の癇癪は、自分の管理下に置けるものではない。管理しようとした瞬間に、こちらの感情まで巻き込まれて、今日みたいな喧嘩になる。
最低限のところだけ自分の仕事として引き受けて、あとは委ねる。分かっていたはずなのに、今日はできなかった。次に活かす。
おまけ:今日のログをカードに聞いてみた
喧嘩したあと、この出来事について、タロットカードを1枚引いてみた。
癇癪に対してイライラしてしまう、どうすればいいか、と問いけけて。
出たのは「13 死」。

どんな段階のカードか
積み上げてきたものが一旦終理、次の形に切り替える段階を示す。
まだ次の形は見えていない、その手前の状態。
どんな世界観か
「死」といっても、何かが滅ぶという話ではなく、これまでのやり方が1ったん終わることを表すカード。
そうすることで次のフェーズが始まる、という構造。
視点変換
今日の喧嘩で言うと、「子供の癇癪はいけない。癇癪を起こさないように辞めさせようとコントロールする」という、こちらの古いやり方の方だったのかも。
子供を変えようとするアプローチは、そもそも自分の管理下にないものを管理しようとする時点で、とっくに寿命が切れている。
死神のカードは、それが終わらないと次に進めない、というだけの話をしている。終わるから次に進める。
今日の一件は、まさにその「終わらせ時」を教えてもらったログだったのかもしれない。
