子どもの心身を守るのに、時短2時間では足りなくないですか?
「家は荒れる、ごはんは不健康、子どもとの時間はない、仕事も半端」
現在、2回目の育休中。1回目の復職後、何度この自己嫌悪に陥ったでしょうか。
夫は家事も育児も共に担ってくれていますし、毎日なんだかんだで生活は回せています。
でも、いざ子どもを育てながら働こうとすると、物理的にも制度的にも、用意された枠組みと現実の辻褄がどうにも合いません。
子ども優先の生活にはほど遠い現実に、申し訳ない気持ちになるのです。
「2時間の時短」と、たった90分の夜
1人目の娘が1歳になったとき、私は「2時間」の時短勤務で復職しました。
本来の定時である8:30〜17:15から、9:30〜16:15への短縮です。
しかし、現実はこの数字通りにはいきません。
16:15が定時であっても、実際に会社を出られるのは16:30を過ぎます。そこから保育園まで約1時間半。
夕方の会議が延びることもあるし、終わらなかった業務はグリーン車に乗り込んで少しでも進めます。
夜中に持ち越すこともしばしばあります。
在宅勤務の日であっても、日頃のリカバリーのために結局お迎えのギリギリまで仕事をしてしまいます。
PCを閉じたら18時のお迎えにダッシュ。それでも18時半の延長保育ギリギリになることもあります。
帰宅するのは18時半前。スーパーに寄るとなると、帰りはさらに遅くなります。
米国睡眠財団や厚生労働省の指針を参考にすると、1〜2歳児には「1日11〜14時間」の睡眠が推奨されています。
保育園の昼寝を差し引いても、夜間に最低10時間は寝かせたい。朝6時半起きなら、夜20時半には寝てもらう必要があります。
20時半に寝てもらうには、19時半、遅くても20時には寝室に行くのが目標。
つまり、18時半前帰宅してから寝室に向かうまで、残された時間は長く見積もっても「たった1時間半(90分)」しかないのです。
夜のドミノ倒しと、朝のパン
現実は、寝室に行くのが21時で、実際に眠りにつくのは21時半、あるいはもっと遅くなることも少なくありません。
この「夜のドミノ倒し」が始まれば、当然翌朝起きるのも遅くなります。
理想の6時半起きなど幻で、「保育園に行きたくない」というイヤイヤや着替えの攻防で、毎朝どうしてもバタバタしてしまいます。
フレックス制度や在宅勤務を活用して始業を遅らせることもできますが、
それは単なる負のスパイラルの始まりです。
始業が遅れれば当然、終業も遅くなり、結局お迎えの時間は後ろに倒れてしまいます。
毎朝、なんとか時間を捻り出そうと奮闘しても、朝食はパンをかき込むのが精一杯です。
ワーママには馴染まない宅配サービスと、繰り返される味噌汁
だからこそ夜は栄養のあるものをと思いますが、
健康的な食事をきちんと作る時間なんてありません。
前述の通り、スーパーに寄ってしまえば時間のやりくりはさらに難しくなります。
「生協などの宅配サービスを使えばいい」と思うかもしれません。
しかし、メジャーなサービスの多くは週1回しか届かず、注文の締切も早いのです。
ただでさえ時間に限りがあるなかで、
子どもの体調不良や顧客からの短納期の宿題、急な会議、積み重なるタスクに伴う残業によるスケジュールの変更が日常茶飯事の身にとって、
「来週の何曜日に何を作るか」を正確に計画し続けるのは難しいのが現実です。
本当に忙しい時に限って、システムが自分たちの生活に馴染まないと感じてしまいます。
結局、なんとか作れても、野菜を適当に放り込んだ具沢山のスープや味噌汁を繰り返すのが限界。
あとは出前やスーパーのお惣菜、冷凍食品に頼りまくる日々で、当然食費もかさんでいきます。
協力的で共に戦ってくれている夫にも、育ち盛りの子どもにも、栄養バランスの整った温かいご飯を出してあげたいのに。
「今日も家族の健康を守れなかった」という自己嫌悪が、常につきまとっていました。
「1日5分でいい」という慰めと、本当の願い
発達心理学の観点では、乳幼児期の愛着形成には、親とゆっくり目を合わせ、肌を触れ合わせる「応答的な関わり」が不可欠だとされています。
忙しいワーキングマザー向けに、「時間がなくても、1日5分でも密度の濃い関わりがあれば大丈夫」というアドバイスを見かけることもあります。
親の罪悪感を減らしてくれる、優しい慰めの言葉です。
親を追い詰めないための配慮だとは分かっています。でも、本当にたった5分でいいのでしょうか。
本当は、もう少し一緒にブロックで遊んであげたい。言葉の発達や想像力を育むために、絵本の読み聞かせだって毎日してあげたい。
今日保育園で誰と何をして遊んだのか、ゆっくり目を見て話を聞いてあげたい。
それが親としての本音です。
しかし現実は、動画を見せて夕食準備の時間を稼ぎ、遊び食べをする娘に「早く食べて!」、お風呂では「もう遊んでないで上がるよ」と急かし続けてしまう毎日。
笑顔で1日を終えたいのに、寝室ではついに「早く寝なさい!」と怒鳴ってしまうこともよくあります。
そんな風に余裕をなくして怒ってしまう私に、娘はそれでも「ママ大好き」と言ってくれます。
その言葉を聞くたびに、嬉しいはずなのに申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
怒涛の85分間を過ごした後に、無理やり絞り出したような最後の5分間だけで、子どもを本当に安心させてあげられているのか、私自身どうしても自信が持てません。
心からの笑顔で子どもと向き合うには、親に「焦っていない時間の余白」が必要です。
社会が設定した「時短」という枠組みでは、その大切な余白は担保されず、親子がゆっくり向き合うはずの時間はなかったことにされているように感じます。
「寝た後の時間」という、高すぎるハードル
おまけに娘は少し繊細で分離不安も強く、一人では寝付けないし、夜中もよく目を覚まします。
これは保育園に入る前から。
仕事の有無にかかわらず、私にとっての「夜」は常に彼女と共にある時間でした。
特に私が休日出勤をした後や長期休暇の後は、私の腕にずっとしがみついていたり、私の上に乗ったまま寝ることも珍しくありません。
私は布団から抜け出すこともできず、細切れの睡眠しかとれない夜も続きます。
世間には「子どもが寝た後に、家事や持ち越した仕事を片付けるママ」の話が溢れています。
身近にそういう人がいれば、「夜にやればいい」と誤解されるかもしれません。
しかし、「夜の自分時間」というのは、早く寝て朝までぐっすり眠ってくれる子どもを持つ親にしか適用されない特権であり、すべての人に当てはまるわけではありません。
そもそも、日中の枠組みに収まりきらなかったタスクを「親が深夜に睡眠を削ってこなす」ことで成立させようとする前提自体、どこか無理があるように思えてなりません。
復職したときはこの短い時間の中で「2人分」の世話が待っています。
終業後の時間はさらに慌ただしくなるでしょう。
子ども、家族、そして自分の心身の健康を守るためには、復職後の働き方自体を根本から見直さなければならないと感じています。
他にも合わないあれこれ
きっと、私と同じような悩みを抱えている方もたくさんいらっしゃるはずです。
みなさんはそれぞれ、この「合わない算数」にどのように折り合いをつけているのでしょうか。
時間だけでなくお金や評価の面でも、もやもやすることがたくさんあります。
成果を出しても「時短」という枠だけで、みなし残業代やボーナスが一律カットされてしまう現実。
高い税金や社会保険料を納めている層ほど保育園に入りにくく、保育料も高くなってしまうちぐはぐさ。
そして、何より子どもが置き去りにされているような制度設計について、疑問は尽きません。
私たちが直面している毎日は、誰かを強烈に恨むようなものではありません。
ただ、社会のシステムの中で真っ当に働き、生活を回そうとすればするほど、どうしても「ピースが噛み合わない」のです。
この不思議な算数とパズルの中で生きている自分たちの現在地について、少しずつ言語化していきたいと思っています。
