スパイごっこ大作戦
やあ、こんにちは。陽射しが少しずつ和らいできて、でも残暑がきびしいなあと思っていたら、突然、秋がやってきた。夏が好きな訳じゃないのに、いきなり「じゃあね」と去っていかれると愕然とした気分になる。「また明日」って昨日別れたのに嘘だろう。暑苦しくて正直うんざりしてたのに会えなくなると、ちょっとさみしく感じてしまう。それが夏の終わりだ。
ところで、君はその辺りを歩いていて、ふと道を聞かれるタイプかい。私は聞かれることが多いタイプだ。グーグルマップがメジャーになる前は本当にしょっちゅう聞かれていた。家族からは第一村人とかモブっぽいと言われている。とにかく人畜無害そうに見えるそうだ。
そんな人畜無害な外見なので気軽に雑談もされる。この春、引っ越してきたばかりのマンションなのに、隣人の家族構成や通院曜日や時間、どこにご家族で遊びに行ったかまで知っている。何階にお住まいの方がお部屋を売ったとか、どの部屋がリフォーム中とかも聞いている。特にお歳の方ほど気軽に個人情報を教えてくれる。はっきり言って心配になる。
今では、その情報をもとに同じ階の人と会わないタイミングを見計らって出かけてるくらいだ。スパイって、きっと私のように平凡を形にしたような外見をしてるんじゃないかと思う。きちんと短く切られた髪、めがね、穏やかそうな顔、白いシャツに黒いパンツ、または水色のシャツにグレーのパンツ、黒い靴。適度に清潔感があって、印象に残らない。
目を見張るほど優秀な訳じゃないけど、ある程度は役にたつ。期限を守るし、連絡がまめで、仕事を任せやすい。飲み会も毎回は来ないけど、たまに顔を出す。旅行のお土産も配る。話やすいし、口もかたい。あんまり否定的なことも言わないし、素直に感心してくれる。
そんな感じで徐々に警戒心をゆるめさせて、いいタイミングで話題を誘導して、情報を集めていく。本人は誰にしゃべったか、いまいち覚えてないくらい自然に、印象に残らないように。そういえば、あの話した時にあいついたっけと思わせるくらいがいい。
いや、別に私はスパイになる予定はないんだけど、まあ、情報は集まってくる。近所の車庫から車が盗難されたとか、あそこに建てているマンションは元沼地の上だから買うのは止めといた方がいいとか、役に立つと言えば役に立つ、でも、私には使い道のない情報だ。
あんまり興味がない雑談でも自分がスパイになったつもりで情報を引き出してみると、まあまあ楽しい。ほどよく感心しつつ、相手の記憶に残らないように心がける。それが私のスパイごっこ大作戦だ。処世術ともいうけど、ごっこ遊びにした方が楽しい。人生は楽しいに越したことないからね。それじゃあ、失礼するよ。
