希望は、本棚のどこかにある 〜父と古本屋とスミレの砂糖漬け〜
私は、本棚を眺めている時間が好きだ。
少しくたびれてきた背表紙を見ていると、幸せな気持ちになる。
「私の選んだ本、やっぱり最高だ。」
そう思うと、不思議と力が湧いてくる。
本は、迷ったら買う。
好きな本は何冊でも買う。ハードカバーを持っていても文庫が出れば買うし、出先で読みたくなれば、同じ本でもまた買ってしまう。好きな作家なら、保存用まで買うこともある。
作家さんへの敬意もある。本屋さんへの感謝もある。ほんのささやかなことだけれど、本を買うことで、その文化を支えたいと思っている。
欲しい本ならネットですぐに手に入る時代になった。
それでも私は、街の本屋さんにこれからも生き残ってほしいと思っている。
ふらりと立ち寄った本屋で、一冊の本と運命の出会いを果たすことがある。その一冊が、生きる希望になることだってある。
もちろん、すべての本が自分に合うわけではない。毒にも薬にもならない本もあれば、読んでいて心がざらつく本もある。
そんな本は無理に抱え込まなくていい。
だから今、私の本棚に並んでいる本は、どれも自分の人生をつくってきた大切な仲間たちだ。
世の中では、持たない暮らしや断捨離が美徳のように語られている。
もちろん、その考え方は素敵だと思う。
でも、私にとって本は特別だ。
スマートで場所を取らない電子書籍ではなくて、
ページをめくる音や紙の匂いまで含めた、この愛しい本たちに、私は囲まれていたいのだ。
子どもの頃、父はよく言っていた。
「苦しいときや迷ったときは、本を百冊読むといい。」
父が亡くなった今も、その言葉は私の中で生き続けている。きっと父自身も、そうやって人生を歩いてきたのだと思う。
遊園地やデパートのような、人がたくさん集まる場所が少し苦手だった父。休日になると、父が連れて行ってくれるのは決まって古本屋だった。
静かな店内に積み重ねられた本。本をめくる音と、少し古い紙の匂い。私は一冊百円ほどの本を五、六冊選び、父に買ってもらうのが何より楽しみだった。
小学生の頃に夢中になったのは、『怪盗ルパン』シリーズだった。時間を忘れて読み耽っていた。
『あしながおじさん』や『大草原の小さな家』、『赤毛のアン』にも心を奪われた。とりわけ心に残っているのは、食事やお茶会の場面だった。
さくらんぼのパイやいちご水、りんごの砂糖漬け。そんな言葉が物語に並ぶたび、私は何度も読み返し、想像をふくらませながら、物語の世界へと深く入り込んでいった。
子どもの頃、憧れていた砂糖漬けに、大人になって旅先で出会うことになる。赤毛のアンの舞台のカナダではなく、南フランスにあるトゥーレット・シュル・ルーという小さな村だった。
この村はすみれの村と呼ばれ、すみれはこの村のシンボルだった。石畳の坂道を歩いていると、時間までゆっくり流れているように感じた。石造りの家々の窓辺には可愛らしい花々が飾られ、小さな教会や時計塔が静かに村を見守っている。まるで絵本の中に迷い込んだような、おとぎの国のような村だった。
この村の店先には、すみれのアイスクリームやチョコレート、紅茶、香水が並び、その中に、宝石のようなすみれ色の砂糖漬けを見つけた。その可愛らしい包みを手に取った瞬間、私の胸が高鳴った。
「砂糖漬け。」
子どもの頃、『赤毛のアン』を読みながら、何度も胸をときめかせた、あの言葉だった。
口にすると、すみれのやさしい香りがふわりと広がり、優しい甘さが静かにほどけていく。
その瞬間、本の世界に憧れ、夢中でページをめくっていた子どもの頃の私と、あの頃は名前さえ知らなかったフランスの小さな村を歩いている大人になった私が、一本の線でつながったような気がした。
子供の頃の憧れは、消えてしまったのではなかった。ゆっくりと私を、ここまで連れてきてくれていたのだ。
子供の頃、父に買ってもらった本。
父が人生の最後に読んでいた本。
苦しかったとき、私を支えてくれた本。
何度も読み返し、表紙が擦り切れ、ページが柔らかくなった本ほど愛おしいものはない。
本には、そのときの自分の心も詰まっている。
父の本の中では、藤原ていさんの『流れる星は生きている』が、私にとって今も忘れられない一冊だ。
母として生き抜くこと、子どもを守り抜くこと。その覚悟を、この本は何度も私に問いかけてきた。
父の本棚には、歴史小説が多く並んでいた。
『三国志』や『水滸伝』。
けれど私は、それらを手に取ることはほとんどなかった。
それでも不思議と、父と本棚の前に立っていた時間だけは、今も鮮明に思い出せる。
そこには、言葉にしなくても通じていたものがあったのかもしれない。
今、我が家で一番好きな本棚は、子どもたちの本棚だ。絵本や児童書がぎっしり並んだその本棚を眺めていると、それだけで幸せな気持ちになる。
妊娠中から少しずつ集めた絵本は、いつの間にか千冊を超えた。子どもを膝に乗せ、一緒にページをめくった時間。あれほど幸せな時間を、私は知らない。
若い頃の私は、自分が母になる日が来るなんて思ってもいなかった。どこかで、『源氏物語』の朝顔のように生きていきたいと思っていた。
そんな私が二人の子どもの母になり、自分が子どもの頃に夢中になった絵本を、今度は子どもたちを膝の上にのせて読んでいる。
人生とは、本当に不思議なものだと思う。
私が夢中になった物語に、今度は子どもたちが目を輝かせている。
何十年という時代を超えて、それでも子どもの心を掴んで離さない物語がある。
私は、子どもたちに、人から「いいね」をもらうための人生を歩んでほしいとは思わない。
誰かよりきらきら輝くことを目指すよりも、自分の好きなものに夢中になって生きて、本当の達成感を味わってほしいと思う。
生きていれば、立ち止まる日もある。
どうしようもない理不尽に、心が折れそうになる日もある。
悔しさに眠れない夜や、悲しみの底から動けなくなる朝もある。
そんなとき、自分の心を支えてくれる一冊がある。そんな一冊を握りしめて、人はもう一度歩き出せることがある。
私は、それをたくさんの本から教わった。
そして、父から教わった。
父が私に残してくれたように、私も子どもたちに残したい言葉と物語がある。
いつか子どもたちが人生に迷う日が来たら、この本棚のどこかに、その日の希望がきっとある。
私は、そう信じている
