コンテンツの人への影響について
以前、「ゲーム脳」という言葉が流行りました。
なんでも、ゲーム中の脳波が認知症の初期の脳波と似ていて、
ゲームを長時間遊ぶと、終わった後もその脳波が戻りづらいのだとか。
私も子供の頃プレイステーションで遊んでいたら、テレビで「ゲーム脳」を知った父に「ゲームは頭がおかしくなるからやめなさい」と止められたことがありました。
その時、子供ながらに「父はまたテレビに影響されやすいんだから…」と思ったことを覚えています😂
その後、脳科学的に「ゲーム脳」についての根拠が否定されました。
件の脳波はリラックス時の脳波と変わらないものだと。
また近年でも、香川県でネットやゲーム依存症の対策として「ゲームは1日1時間まで」というような条例が作られたのが作られたのが話題になりましたね。
ネットやゲームにのめり込み、睡眠時間すら削ってそれに没頭し、学力・体力低下や引きこもりになるなど、生活に支障をきたす状態を「ネット・ゲーム依存症」とし、これの対策として条例が作られました。
このようにネットやゲームの問題点に関してこれまで様々な議論がされてきていると思いますが、今回は私なりの考え方で考えてみようと思います。
感情への影響
コンテンツ全般に言えることですが、解りやすくゲームに焦点を絞ってみます。
A「ゲーム内での暴力行為が現実での犯罪行為を引き起こす可能性があるのでは?」
B「ゲームと犯罪を結びつけるその意見こそ、ゲームと現実を区別できていないのでは?」
このABのような意見をどこかで聞いた記憶があります。
前者の意見も極端ですが、後者の意見も疑問が残ります。
私たちは本当にゲームと現実の区別がついているのでしょうか?
もちろんゲームが架空のものだと理性では理解しているでしょう。
でもゲームを遊んでいる時(映画鑑賞や読書の時もだが)、面白ければ笑い、悲しければ泣き、イラっとして怒ることもあります。
現実に起こったことではないにもかかわらず…。
これは「共感」というものがあるからで、私たちはこれを「共感反応」だとも理解しています。
しかし、共感によって引き起こされた私たちの「感情」そのものは、これが現実か非現実か、自分に起きたのか他人に起きたのか区別することが果たして出来ているのでしょうか?
1人の赤ん坊が泣き始めると、他の赤ん坊も泣き始めるように、人は元々自分と他人の区別がついていない状態で生まれてきて、生きていく中で(一般には早い段階で)その区別をつけていきます。
つまり先に「感情」というものが備わっていて、それを後から獲得した「理性」でコントロールしようとしているにすぎないのです。
つまり「脳」は一枚岩ではない、ということですね。
私たちはゲームによって、現実では体験できないことを体験し、クリアできないことに苛立ち、またストーリーに感動することができます。
そこには何らかの感情や快不快などが生まれています。
確かに現実とゲームは違うものですが、これまた確かにゲームは「自分」という現実に影響を及ぼしているのです。
(逆に言うと、人は「疑似体験」も「共感」もすることができるからこそ、様々なコンテンツが発展してきたのでしょうね。)
ゲームによって生まれた感情は気分に影響し、気分は思考や生活態度にも影響します。
一見関係なく見えても、長い時間をかけてやがて身体へも影響していく可能性があります(病気とか)。
ゲームでイライラ
↓
やる気起きない、人や物に当たる
↓
生産性が無い、人間関係が悪化
↓
更にストレスがつのり病気にもなる
↓
転落人生あ~~~~~…
極端ですが、こんな感じにね。
ゲームをしていてリラックス効果があったり、ストレス発散になっているうちは良いのですが、物によっては脳が常に緊張状態になったり、イライラしたり落ち込むことがある、という側面を頭に入れておかなければなりませんね。
↓↓こちらはひろのさんが他の方の記事に書いたコメント。(該当記事は現在は読むことは出来ませんが、ひろのさんがコメントを切り出してまとめた記事より引用)

落ち込んでいる時には、ハッピーなものを受け付けられない。
落ち込んでいる時にした決断はたいてい間違っている。
これって皆さんも痛いほどよく解るのではないでしょうか?
だからゲームなどのコンテンツによって一時的にでも気分が落ちれば、なし崩し的にどんどん悪い方へ引っ張られる可能性があるわけです。
気分が落ち込むようなゲームをしない、したとしても上手く気分転換できれば何も問題はないですが、24時間365日何十年ずっと自分をコントロールし続けられるでしょうか?
だから誰しもがそういったコンテンツに少なからず影響される可能性を自覚しておく必要があるのだと思います。
自覚した、そこから先は自己責任ですが。
意識への影響
コンテンツは、顕在意識にも潜在意識にも影響を及ぼしています。
現代人の多くは広告や店舗内の商品の配置、光、音楽などの情報によって購買意欲が促進されるということを理解していると思いますし、それをそういうものだと受け入れ、自制しながらうまく付き合っているものと思われます。
情報刺激によって意欲的になったり元気になったり、落ち着くようになったりすることは、推奨されるべきことです。
しかし逆はどうでしょう?
情報刺激によって落ち込んだり防御的になったり、不安になったりすることもありますよね。
「悲しいニュースを見て悲しくなる」という単純なものだけではなく、不穏な音楽、グレーや黒色の多用によって不安感・孤独感を受けるなど、本人が気付かぬままに巧妙に、いろんな角度からの要因で不安になったりすることもあります。
ストレス発散や趣味の一環として、「ポジディブ面」を見てコンテンツを生活に取り入れようとする意見は多いのに、
コンテンツが与えるネガティブな影響やその危険性に言及しているものが非常に少ないように感じられます。
(差別表現だ!搾取表現だ!みたいなクレームは散見されますが…。)
もちろん年齢制限があったり、自傷・自〇を連想させる表現があるものには注意表記がある場合もありますが、
音楽や色の雰囲気などの演出部分にまで注目して注意喚起することはほとんどありません。
少なくとも私は生きてきて一度も見たことがありません。
今までコンテンツから受ける影響についてそこまで気にしていなかったから目に入っていても気付かなかった、というのもあるかもしれませんが、皆さんはどうでしょうか?
最近になってひろのさんがコンテンツの危険性についておっしゃっているのを見て、初めてそれを考えるようになりました。
今までも「この映画は落ち込むから今日は見るのやめとこう」みたいに、何となく自分の状況に合わせてコンテンツを選ぶことはありましたが、はっきりと自分の感情や生体、思考への影響を気にしてコンテンツを選択したことはありませんでした。
そして意識するようになって初めて、表現の自由だとか芸術性という皮を被った危険なものが沢山あることに気付くことができました。
気付いて尚そこにとどまることは出来ない。
1年前までの半引きこもり生活をしている時は、一日中ゲームしたりYouTubeをずっと観たりしていましたが、定期的にものすごい不安感や虚無感に襲われて、部屋に閉じこもって泣いていたりしました。
ある時、自分の過去を認めて、外に散歩に出るようになって、カタカムナに出会って、そこから一切、不安に囚われて枕を濡らすことが無くなりました。
運動もカタカムナも大事で、自分が強くなるための大切な要因だったと思いますが、それをやることで必然的に良くないコンテンツとの接触が減ったのも大きな要因のように思えます。
YouTubeなんて特に、一回変な動画観たら、延々と同じような動画ばっかりおすすめに上がって来るじゃないですか。
あれも負のループから抜け出せなくなる要因だと思うんですよね。
変なものガンガン食べてたら病気になるように、変なものガンガン観たり聴いてたら心の病気になるんですわ。
身体に良いものを食べたら健康になるように、心に良いものを視聴すれば元気になるんですわ。
ただ…
世の中には添加物いっぱいの作り物の食べ物が溢れているように、世の中には毒いっぱい意図いっぱいのコンテンツが溢れているんですわ。
全部繋がってる。どの分野でも同じことが起こってる。
だから自分を大切にするために、ちゃんと身体に良い食べ物を選び、同じようにコンテンツも選ばなきゃならない!
「コンテンツから自分は影響を受ける」ということをまず自覚して、変とか嫌とか感じたら、それから離れるように!
あの半引きこもりの日々にはもう戻りません!!!!
…というか、正直自分の心身が受け付けなくなってきているのです。
自分に合わないものを視聴すると、頭や胸にこにょこにょとした拒否反応があったり、気持ち悪くなる予兆みたいのがあったりするんです。
あとちょっとこれ聞いてほしいんですけど、
先日、数年ほどずっと好きで聴いていたアーティストが、インスタで某FM(詳しくは書きませんが)を示唆するような写真をアップしているのに気づいて、
「あ~~……」
となったのです🙄
音楽性が好きで聴いていましたが、好きなアーティストであってもその全てを妄信してはいけないな…。
としみじみ思ったのです。
好きだからバイアスがかかって盲目的になることもあるかもしれませんが、どんな時でもどんな相手でも、真贋見極める目が必要なんですね。
聖書の中でもイエスさまが弟子に対してさっきまで普通に話してたのに、弟子が意に沿わないことを言ったら急に、「サタンよ去れ!」とか言ったりするシーンがありました。
いつどこで誰に、何に、変なものが入るのか分からないから、いつでも曇りなき眼で見定める必要があるんですね。
読んでくださりありがとうございました😊💖
