#21 見えてきた光
5ヶ月ぶりのnoteです。
今日は、今自分の中に立ち現われつつある構想を書き出してみます。
前回、三里塚教会について調べ始めたことを書きましたが、その延長線上で考えている構想です。
全然具体的ではないかもですが。
三里塚教会の歴史調査に着手するきっかけとなった「献堂式芳名簿」のことは前回少し触れました。
その中身について、ここでは詳述しませんが、教会信者や近隣教会・教区の関係者、自治体職員や近隣住民など、地域内外の様々な所属の人々の名前が記されていました。
この5ヶ月間、それらの方々の情報を探っていき、全体としてのつながりを見出していく作業に取り組んでいました。
まだ終わってはいませんが、少しずつ解像度が上がってきています。
「芳名簿」との出会いから間もなく、もう一つ重要な記録との出会いがありました。
それは、三里塚教会を支えてきた戸村武芳さんが生前に残した日記です。
武芳さんは献堂式の7年前に亡くなっていますが、生前の時代の証言は「芳名簿」を理解する上で欠かせません。
この記録と「芳名簿」の両方があって初めて見えてくることがたくさんあるのです。
その他にも、この二つの史料をきっかけに新たに調べ始めたことがたくさんあります。
少しずつ視野が広がってきて、ようやく一つの旅の緒に就いたかな…という感覚です。
どこまで行くかまだ分からないですが、旅路の入り口に立ち、目の前に広がる景色の中へと踏み出そうとしています(まだ踏み出していないです…たぶん)。
表題の「見えてきた光」とはそういう意味です。
前回のnoteで「別様の羊」と書きましたが、その見方は今も変わりません。
振り返ってみると、『羊と日本人』の取材が始まった頃、下総御料牧場の歴史に着目しつつ、そこからの広がりを一つずつ掘り下げていきました。
今回も同じことをするというわけではありませんが、やはり三里塚教会の歴史に着目しつつ、そこから枝分かれし、あるいは交わり、どこかへと続く道を辿っていきたいと思っています。
そして、今回の構想では『羊と日本人』の取材で出会いながら触れられなかった出来事にも触れることができそうです。
加えて、目の前に広がる景色全体にわたる新たな主要テーマも見えてきました。
自分にとって、思いもよらぬ、しかし必然的でもあるテーマとの出会いです。
さてさて、この旅をどこまで続けられるか。
いずれにしても今自分にできることをやっていこうという思いは変わりません。
〈おわり〉
