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素戔嗚の歌は地球救済の歌。「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」


八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

須佐之男命『古事記』


『古事記』の最初に出てくる歌です。

有名な八俣の大蛇(ヤマタノオロチ)の件(くだり)の歌。

私はこの歌に、インド神話のブーミとヴァラーハを感じます。
歌には、「女神が宿った星・地球を救済する神=男性神の熱い思い」があると思えるのです。

なぜ救済の必要があるのか? 
ルールを犯したものがいるためです。ルール違反者がおらず対等に争った結果どちらかが劣勢になった場合、どんなに悲惨な状況でも神による救済が行われることはありません(外側に影響がある場合は除きます)。

惑星地球よりも上の段階にいるものが、ルールを犯して横暴な振る舞いをしたので神聖な救済が入ったのです。

・ブーミ は、ヒンドゥー教の重要な女神。大地(=惑星地球)の擬人化であり、神の配偶者です。

神話パドマ・プラーナの第237章には、宇宙のルールを破ったヒラシヤクシャによって、不当な波動領域閉じ込められた惑星地球=ブーミの物語が記されています。13次元前後に存在する神が段階を落として落として落として、形態を変容させて地球を救った物語が、記されているのです。

具体的な物語=ブーミを救うためにヴィシュヌ(ブラフマーより段階的に下った神)の地球の次元に合わせてさらに下降した第三形態としてのヴァラーハに、この大地母神ブーミが助けを求めた神々のエピソードは以下です。

彼らはナーラーヤナ、ヴィシュヌの庇護を求めた。すると、その不思議さを知ったヴィシュヌは、法螺貝、円盤、棍棒を持ち、あらゆる場所に存在し、始まりも中間も終わりもない猪の姿に変わった。あらゆるものに満ち、四方に手足を持ち、大きな牙と腕を持つ最高の主は、一本の牙で悪魔を襲った。ディティの卑しい息子は、巨体を叩きつけられて死んだ。悪魔の頭から土が落ちたのを見て、彼は牙で土を持ち上げ、以前と同じようにシェーシャの頭に載せ、亀の姿に変わった。豚の姿をした偉大なるヴィシュヌを見て、すべての神々や聖者は、敬虔に頭を下げて彼を称えた。

— パドマ・プラーナ、第237章英語版

始まりも中間も終わりもない姿とは?



大気=水でしょう。大気や水には始まりも終わりもありません。循環し続ける物質です。

私には、3度誇示される「八重垣を」という言葉が「守護の粒子層を幾重にも幾重にも形成して地球の権利を取り戻そう、取り戻すんだ」という熱い神の意志に聞こえるのです。

すべては、宇宙のルールを破った存在によって不当な状況に貶められた地球(女性性の魂が宿っている)を救うための熱い思い。

神様は、大気・水の他に、やがて微生物や植物にもなりました。
彼らの姿で一番近いのは気体と微生物なので。

チャネリングは同調だと数回にわたってお伝えしました。横暴な男性性のエネルギーが蔓延していた地球の古代においては、そこにすまう男性たちの多くはやはり、男性を優位とするのが当然であるえっへん、というエネルギーを宿していました。ですので、神様のエネルギーの読み解きも、男性優位となって表出されるしかなかったのです。

素戔嗚は、なんともバランスの悪いいろんな側面を持つ神様ですね。ときには乱暴、ときには赤子のように泣き喚き、最後は妻となる女性を庇護しました。初期では、段階を落としたばかりのためエネルギー調整が間に合わず制御不可で爆発的に放出される状態を、人間の側面として激しい感情や行動として表現されたのだろう、と思うのです。
何代かあとの大國主命は、嫉妬などを原因として兄たちに激しいいじめの末2度殺されていますが恨みません。やり返しません。内在する負の感情(兄たち)を克服して(弱気や怠惰に負けなかったという意味)高潔な意志をつらぬき、女性と一緒に幸せになる姿を見せるのです。神様はその姿をお手本にしてほしくて、大國主命の物語をあえて人間に紡がせたのですね。

猪である理由


なんで、猪の姿なの?って思いますよね。猪も、ワニもなのですが。龍を小さく細切れにした形態を人間が垣間見た時、自身が属している地域で知っている生物=「猪 」・「ワニ」に似てるねって・・それが、「猪の神様なんだ!」「ワニの神様なんだ!」になるのですね。その意識で人間側が観測しますので、神様は素直に「おや、あなたたちはわたしを猪と見るんですか?」「あら、今度はワニなんですね。」とそれに応じて「神さまですー」と顕れる時「猪と認識した人間たちには猪の姿でお知らせしよう。その方がわかりやすいだろうから(=気づいた人間の脳に猪のイメージを与えて伝える)」ということになるのです。

そもそも龍は、なぜあの姿なの?

神さまが、三次元世界に対応して4次元を移動されるときに、帯状だと移動しやすかった、早く移動できた、ということだと思います。
とても単純な単なる長い長い筒っぽ、みたいな形状だったのだと。
6次元・8次元には、巨大なビルほどの面体の光粒子、トラックのような長方体に近い形を何重も連結させた光の姿があります。必要があるために、それらを意思をもって移動させるのですが、人間に対応するには大きすぎて効率が悪いのでしょう。
龍は、三次元の想像上の造形物としてあらゆる形態がありますが、それは人間のとめどない想像意欲のたまものです。

その想像に神さまが合わせてくださる、ということです。人間に隣接する際にイメージを脳に与えたり、雲で龍を表したり・・・なにしろ神さまは大気に溶け込んでいますので、雲はある程度自由に操れます。

人間に対応して小さな姿になる

なぜ細切れになるか?といえば、考えられるのは、対応している人の波動に合わせれば自然と小さくなる、というのと。あるいは、人間に対応するときに大きいと対応しづらい、ということでもあると思います。

人間が10の慈悲の粒子をもっていれば200くらいの粒子で対応してくれる、とかそんな感じです。車形状や、面形状の光粒子は、小さい単位でも数百万粒子です。(これがわかるのは、しゃべっている相手と、空間内で透視しているものと、それぞれ見分けているからです。透視できたからといって相手とつながるわけでもないのです。 透視すること。つながること。意志の疎通を行うこと。言語化すること。すべて別の能力です)

神様とのつながりを補強したりサポートしたりするのがハイヤーセルフとか過去生とかご先祖さまのご守護ですね。
「うちのこの出来の悪いの(人間のこと)すみませんが加護してやってくれませんか?まだ目覚めてませんけど私たち(ご先祖さまなど)も尽力するんで。真は純粋なやつなんですよ〜🙏」みたいに神様にお願いしてくれます。

というわけで、ご先祖さまに無関心だと、加護は薄れるといえるでしょう。

拙作の「窓の外は銀河・前編」の「猪ときどき鰐」には、猪の姿をした不浄粒子体(と私が呼んでいたもの)を自室に次から次へと小出しにされ、結果的に浄化の練習をさせられて困惑している私の姿が描かれています。

不浄粒子体には、人類の負のエネルギー、大気の不浄のエネルギー=低波動粒子が、内包されコーティングされています。地球が人類の在り方のために低波動すぎて進化できずに苦しんでいる(その状態が継続するほど、闇たちがのさばる世界となり、ますます人間が苦しみますます低波動になる)ので、慈悲=神さまによる神聖な介入=「救済」として取り除いてくれているのです。
しかし、人類の感情粒子は神さまから見れば「名前のついた魂存在」であり、大気の汚れも人間の浅はかな行為のために発生しているので「因果応報」の紐が人類とくっついており、取り除いても横においておくしかない(つまるところは保存し時間経過とともに段階が下がってぐずぐずの低波動体になり2次元にかえるのを待つしかない・・・)のです。

龍は流動することができそのために自浄できますが、猪(の姿をした不浄粒子体)たちワニたちは運んであげないと移動できないです。ただし、一人の人間のところに現れたのが一・二体なら、移動します。

龍と呼ばれる帯状の粒子体は、意思をもって進んでいくと、先が自然と窄まる、あるいはとがる、自然と流線型になる、ということです。新幹線の顔がなぜあの形なのか?と同じ理由です。

きっと粒子の世界を見ていた人がいたんだろうな、と思う猪の姿。巨大。
ブーミとヴァラーハの間には、惑星火星さんが生まれたそうです。

ブーミも頼り切って身を預けてますね☺️


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