『 色即是空 』から 無限の可能性をつかみとろう 後編
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追記
文章の後半に、粒子世界を透視しているものの視点で
「 色即是空 〜」を意訳しております。そのなかの
「あなた」について
あなたを構成する複数のエネルギーボディ
に変更します。
無限の可能性への示唆を読み取る
『 色即是空 空即是色 』のAI解釈につっこみをいれて、あらたな思考の広がりを楽しむ試みの後半です。
私の属している側では、肉体は神さまからの借り物
魂のたいせつな乗り物と表現されることがしばしばあります。
本体は魂なんだけど・・それだけじゃなくて感情も意思もメンタルもすべて合わさって私です。それに関しては、「ミランダ王の問い」の概要を読んだとき、同じことをいっているのかも?という感覚が起こりました。
肉体のほかに私たちを構成しているのは、
エーテル体、感情体、アストラル体、精神体そして思考体です。
高い次元の思考体は、修行者でもたどりつくのが難しいとされています。
そして、
乗り物である肉体をないがしろにすることがあっては、三次元でも、肉体を卒業したあともうまくいかないんです。
なぜなら今生の課題のひとつは肉体に愛をかんじさせることだから。
粒子が優先だ、という考えは好きじゃないです。でも、粒子的な影響(ヒーリング)によって肉体的な傷や病が状況に応じて改善する、ことがある、ということを私は知っています。そちらがわのヒーリングの世界に属してもいます。
これは私個人の感覚なんですが。
感情と肉体が乖離したことは今まで一度もないんですが(人格はたびたび乖離しますけど笑)誤解を恐れずにいうなら、肉体はまったく違う生命体の寄せ集め・・・集合物なんじゃないのかな?って。
敬意を評して彼ら(つまりは自分の体)を扱うほどに彼らは感情やエゴや魂を大切にしてくれる、っていうか・・・まあ、それらとの関係性がうまくいく、
という感じがするんですよ。
それも、とてもね。
なんでって、「それ(人間の肉体)統合するの、ほんとうにたいへんだったんだぞ」ってプラーナ存在のつぶやきが聞こえるの。
そして、ちょっとずれるけど続けちゃう。
肉体の死を迎えた後、重要視されるのは「生きてきた時の行い、心のあり方」であることは間違いないです。だから、人を傷つけて生きてきた人は・・・特に大きな責任を担う集団の責任者は、自分が手を汚してなくても、理由をくっつけて他者を排除する、あるいは暴力をふるう=戦争を統率していたら・・どんなに裕福で優雅な生活をしていても、地位と志があっても、人から尊敬されていても、貧しい人々に施しをしていたとしても、次の世界では地獄を生きることになります。特権を持つにいたった群衆の代表者は人々の手本でなければならないからです。横暴は許されません。
しかし、三次元世界を生きているときは、自由意志を伴った行動の方が、残念ながら心の(見えない)世界よりも、強い=三次元的な結果をもたらす、という事実があります。
指導的立場をとる無条件の愛の存在たちの願いが届いていたのなら、第二次世界大戦の惨状もいまの地球の状態もおこらなかったはずだから。
私たちの世界では大きな部分では現実が優位
三次元を生きている以上、現実での事実が優位に働きます。
高潔であることが、高波動の近道です。たとえ人殺しでも、後悔の念や自責感情がない方が波動は高いんです。だから、誇り(一般常識・良心から見たら誇りとはよべませんが)高い人殺し(罪悪感のないサイコパス・あるいは、他者のことはどうでもいいと思っている人)は三次元で強いんです。現実を動かす力さえあれば、物質世界を牛耳れます。というか、牛耳られてきましたよね。
彼らにはない感情を、私たち日本人の多くがもっています。
日本人が抱きやすい自己卑下や抑圧をともなった他者優先は、その感情があることや抱くことがわるい、というわけではなくて。
その波動を多く持っていると、「弱く、停滞して、不利な状況に陥る傾向にある、それを許諾し続けると、力はどんどん奪われそこからあがってくるのが大変になる」
つまり、
「力を持てないものになる、そして力をもつものに抗うことが難しくなる」
というただそれだけなんです。
ちょっと脱線しましたね。
まあ、何千万人もの人がこれまで、ある教えの真理を信じてきたのでしょうけど・・。
この記事の冒頭の仏教経典を最初に書いた人は、きっと透視者だったのでしょう。
翻訳・伝播している人たちは、おおかた見えない人たちがほとんどだった、だから、透視者がほんとうに伝えたかったことを、伝えきれていないなあ、と思うことが何度かありました。泡沫経・・あれは、透視者が書いている、書いている人は粒子の世界を見ているでしょう。がんばってエネルギーボディの粒子の状態をかき分けています。でも伝えているのは見えていない人です。だから、うつろ、だとか、変わり続ける、とか、結果的にそれが虚しい、ってひっぱてくる要素をもった訳が成り立っている。
(ここまで書いて違う考えが浮かんだのですが・・それはミランダ王の問いを読んでから起こったことなので、書かないでおきますね)
「空」はプラーナ存在のことです。
私はその姿をいつも見ているけれど、その姿は千変万化です。
いつも、変わり続けている。ただ、それだけのことを言っているんじゃないの?(状態を伝えているだけのこと)
それ以上でも以下でもない
だからクワトロ・バジーナのあのセリフですよ。
目の前の粒子たちはいつも動き続けています。それがフツーです。
その粒子たちは世界に充満していて、その多くは無色透明です。
だから、
その粒子たちを「愛の存在なんだ」と思うと
愛を伝えてくる粒子が集まってくるんです。
とても単純なんです。
(この単純な部分が、思考を極めた人ほど受け入れらない)
あなたが
神なんていない、と思うことは自由です。
そして、その存在を信じない、この世は無慈悲だ、
だから酷いことをされないように注意して、疑ってかからなくちゃ!
と思っていると、
不信・無慈悲・酷いことをされる・疑念 に
関連する粒子が集まってしまうんです
あなたの周りに
結果的にそれに関連することが現実化しやすくなるのです。
人は信じたいものしか信じないから、それでいいけど、
粒子を見ているumikaなら、
「 色即是空、 空即是色 」を以下のように訳します。
形あるものはすべて、神様のプラーナがもとになって作られているよ
物体も生命体も、みんな同じく神様のプラーナ素材の数兆回の変異でできあがった、神様の子どもなんだ
そして生命エネルギーもプラーナなんだ
だから
形あるもの
生きとし生けるものはみな
神さまと同体しているのと一緒だよ
ただ生きているだけで
存在しているだけで
誰しもが神さまと一緒にいる、ということなんだよ
(なぜって私たちは神さまの素材でできているし、神さまが体の中を循環しているのだから)
プラーナこそ物体(実体)の大元であり、
同時に
実体と見えない複数のエネルギーボディの波動に見合ったものが呼び寄せられるんだ
プラーナは無限に変異して動き続けている
あなたと同じように自由であり
抱いている感情に理由がない、と思っていても気づいていないだけで、
なにかの影響でそうなってしまった、なんてところも一緒なんだ
欲望もそれそのものは清らかなんだよ
プラーナが自由でありのままであるのと同様
すべての人に、無限の可能性=選択肢があるんだ
波動は実態に見合ったものが呼び寄せられる
だから
実体=あなた(を構成する肉体を含めた複数のエネルギーボディ)が変われば波動も、呼び寄せるものも変わってくる
あなた=あなたを構成するすべてのエネルギーボディが
ご機嫌なら
ご機嫌な波動がやってくる
あなたが気難しいとき 気難しい人がそばにくるかもしれないし
気難しさのせいで損をして苦労している人を見かけるかもしれないね
あるいはそのせいであなたが損を被るかもしれない
あなたが寂しくて それをうまく表現できなくても
本音では温もりがほしいなら
同じように 温もりにフォーカスしている人に出会うんじゃないかな
この世はそんな感じの縁で形成されているんだよ
こんな感じだと楽じゃないですか?
すべてのことがつながっている、といったところでワンネスで生きることに価値が見出せていない人に、すべては自分のこと、だから他者のことも自分のことなんだという真理があるよ、といったところでピンとこないと思います。
(ワンネスを意識しはじめた人には効果的かも?ワンネスを意識しながらワンネスじゃない人はたくさんいるけどね・笑)
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