女のみち
私が10歳の頃のある日、突然、新たなおばあちゃんが出現した。
母方の祖父母は、私が生まれる前にすでに亡くなっていた。
父方の祖母は、私と血縁関係がなく、実の孫だけを溺愛していた。
私はこの祖母から、従兄弟たちとことごとく比較され、あからさまに批判され、また嘲笑されていた。
だから甘えたり、可愛がってもらったりした記憶はない。
子どもだった私は知らなかったけれど、いろんな大人の事情があり、数十年の時を経て、父とその実母である祖母とが再会を果たし、結果として私に、新たなおばあちゃんが出現したのだった。
おばあちゃんは数週間、私の家に滞在した。
私は毎日、学校から飛んで帰ってきて、飽きることなくおばあちゃんと遊んだ。
トランプ、おはじき、カルタ、双六、オセロゲーム。
おばあちゃんはいつもニコニコしていて、ちえちゃん、ちえちゃん、と柔らかい声で私を呼んでくれた。
どんなゲームもおばあちゃんが負けて、いつも私の一人勝ちだった。
何度負けてもおばあちゃんは「ちえちゃんは強いねぇ」とニコニコ笑って、いつまででも私の相手をしてくれた。
そんなある日、私が学校から帰るとおばあちゃんは、家にあった古いレコードを繰り返し聞きながら、しきりにハンカチを目に当てていた。
私がささげた その人に
あなただけよと すがって泣いた
うぶな私が いけないの
二度としないわ 恋なんか
これが 女のみちならば
歌詞の意味が理解できたわけではないけれど、何だか見てはいけないものを見てしまったような気がして、私はいつものように「おばあちゃん!」と、声を掛けることができなかった。
おばあちゃんはその後、祖父と一度も会うことなく、自分の町へ帰って行った。私もまた、いつも通りの退屈な日常に戻った。
若い日の二人に、どんな出会いがあったのだろう。
生まれたばかりの子どもを置いてまで、離れなければならない、どんな理由があったのだろう。
もちろん、私に知る術はない。
誰も彼も皆とうに、鬼籍に入ってしまった。
今のジェンダー感覚からすれば、何のジョークかと思うような歌詞だけど、あの粘っこい声とこぶしが妙に耳に残る。
「女のみち」を、おばあちゃんは歩いたのだろうか。
それでは母は? そして私は?
どんなに振り返ってみても、それらしい「みち」は見えないのだけれど。
ところで、現在開催中の「宇宙杯みんなの俳句大会」。
とうとう決勝ラウンドがはじまった。
私はこの句を読んで、遠い日のおばあちゃんを想った。
おばあちゃんの恋を知っている人も、知らない人も。
きっともう一度、おばあちゃんに会いたくなるに違いない。
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