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いちばん手放したくない家事を手放して気づいた、大切にしたいこと

家事の外注って、家事が苦手な人や、家事をやりたくない人が使うものだと思っていた。

私は料理が好き。

大学時代は寮の共用キッチンで自炊をして、
友人の誕生日にはケーキを作ってお祝いしていた。

社会人になり、繁忙期に外食やお惣菜に頼るとかえって身体が重くなるような気がして
忙しい時こそ自炊、という生活を続けていた。
キッチンに立つ時間は気分転換にもなった。

結婚してからも、夫と食卓を囲むのは楽しかったし、私の繁忙期には夫が夕食を作ってくれることが嬉しかった。

そんな生活を知る学生時代からの友人に
私が手料理サブスクの「ツクリオ」を使っていることを話したとき、とても驚かれた。


わが家がツクリオを使い始めたのは、
長男が0歳の頃。

当時の夫は忙しい部署にいて、帰宅時間が読めなかった。

18時に「今から帰る!」という日もあれば、
22時を過ぎる日もある。

「今から帰る」の連絡が来てから、家に着くまで約30分。

ここでタイミング良く、出来立てを提供しないと、
夫は夕飯を食べない。


料理が好きとはいえ、0歳のお世話をしながら30分で夕飯を仕上げるのは至難の業。

息子のお世話に気を取られて夕飯の支度が間に合わないと、
「先にお風呂入るね」と言われ、夫はお風呂から上がると夕飯には手をつけず寝てしまう。

下ごしらえを済ませてあとはサッと仕上げるだけ!という日に限って、
「今日は遅くなるから夕飯いらない」と連絡が来る。

頑張るほど、余裕はなくなっていった。


自分1人で食べるだけなら、こんなに丁寧に作らない。

朝昼の食生活が不規則になりがちな夫に「せめて夕飯くらい、ちゃんとしたものを食べてほしい」と思っていて、
それが育休中の自分にできる愛情表現だとさえ考えていた。

そして私自身も、意思疎通のうまくできない赤ちゃんのお世話をしながら
やっと大人と落ち着いて話せる時間を楽しみにしていた。


そんなある日、夫に

「そんなふうに“大変です”って顔で作られたものを食べたくない」

と言われた。

ショックだった。

後から、夫の真意は「休めるときにもっと休んでほしい」ということだと分かったけれど、
言われた時にそう受け止めるのは難しかった。


夫の言葉を反芻するうちに、
「せっかく作ったものを食べてもらえないこと」以上に
「家族で食卓を囲む時間がないこと」の方がもっと悲しい、ということに気付いた。


実家では、なるべく家族揃ってご飯を食べていて、
夜、誰かが遅くなるときにも、1人で食べることがないようにしていた。

そして、夕飯を食べながら、
その日あったこと──部活で何をしたとか、友だちと何を話したとか、そんな他愛もないことを話す。

そこで、「家に帰ったら味方がいる」ということを感じていたような気がする。


私にとって大切なのは「家族と食卓を囲み会話すること」で、「料理を手作りすること」はその手段だったはずなのに
いつの間にか、「料理を手作りすること」が目的になってしまっていたのだ。


夫にその話をしたら、

「別に食事を一緒にしてもしなくても家族は家族だし、“その日あったことを話す”という文化はなかったなあ」

という感想で。
家族観の違いも発見だった。


私は夫と一緒に夕飯を食べたい。
夫は私に家事を頑張らせたくない。

0歳を育てながらでは、難しいことのように思えた。


そんなとき、ツクリオに出会った。

「頑張れば自分でできることを、わざわざお金を払って外注するなんて……」

はじめは抵抗があった。
けれど、お試しで使ってみて、すぐにその考えは覆された。

生活が圧倒的に楽!!!

ご飯を炊いて、お味噌汁を作れば、
あとは食べたいおかずを温めるだけ。

0歳を抱っこしながらでもできる。

「せっかく頑張って作ったのに」という気持ちが消えて、
夫の「今日は夕飯いらない」に傷つかなくなった。


さらに意外だったのは、
食卓の空気が良くなったことだ。

私は、「料理を手作りすること」に力を使いすぎていて、
「家族と食卓を囲み会話すること」に余裕を残せていなかった。

30分タイムアタックで夕飯を作っていた頃は、
食べ始める頃にはクタクタで、穏やかに会話を楽しむどころではなかったのだ。


食事をしながら笑って話せる日が増えたら
夫婦喧嘩も減った。

ツクリオに辿り着くまでの話し合いの中で、お互いが大切にしたいことを一段深く理解することができたのもあるし、
和やかに食事をする時間は、ポジティブにコミュニケーションをとれる時間と直結した。

結果として、息子と穏やかに過ごせる時間も増えた。


そして、ツクリオのおかずは美味しい。

「せっかく食べるなら美味しいものを食べたい」「出来立てを食べたい」派の夫が機嫌良く食べてくれるか不安だったけれど、まったく問題なかった。

スーパーやお弁当屋さんの惣菜の味ではなく、
家で作ったような味がする。

今では6歳になった長男にも安心して食べさせられるし、お気に入りのメニューもある。
わが家の生活に欠かせない味方だ。


私は料理が好き。

それでも、「家族と食卓を囲み会話すること」のために
「料理を手作りすること」を少し手放した。

夫婦ともに自分で作りたい気持ちもあるので、ツクリオの利用は隔週にして、
仕事が忙しい日や、朝ゆっくり寝たい休日、夕方遅くまで出かけたい日などに活用している。

そして生まれた余裕の中で、息子と一緒にピザやパンを焼いたり、おやつのプリンを手作りすることもある。


家事を外注することは
「できないことや、やりたくないことを誰かにやってもらう」だけではなく、
自分が本当に大切にしたいものを見失わないために「優先順位を整理すること」なのだと思う。

家事の“見方”が変わったことで、私はようやく、
家族との時間をちゃんと味わえるようになった気がする。


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