学校という工場
― 19世紀の設計図で、22世紀を生きる子どもたち
THE DESIGN ―設計された世界― 第1話「教育」
始業の鐘が鳴る。
子どもたちは席に着く。教師が黒板の前に立つ。時間割の示す通り、45分の授業が始まる。
学校は子どもを育てる場所である。世間では、そういうことになっている。知識を与え、社会性を培い、未来を生きる力を身につけさせる――その目的を疑う者は、ほとんどいない。始業の鐘に従って席に着くことが、なぜそのような力を育てるのかを、問う者もまた、ほとんどいない。
風景は、あまりにも当たり前すぎて、風景に見えない。
しかし、問いを立てる前に、まず一枚の図面を広げてみる必要がある。この「当たり前」が、いつ、誰の手によって、何のために描かれたものなのか。
I. 敗北が生んだ設計図――プロイセン、1806年
1806年10月、プロイセン軍はイエナおよびアウエルシュテットの2戦場で、ナポレオン率いるフランス軍に壊滅的な敗北を喫した。
プロイセンはヨーロッパ最強の陸軍国と称されていた。その軍隊が、わずか一日のうちに崩壊した。首都ベルリンは占領され、国土の半分がフランスの支配下に置かれた。
敗北の衝撃は、単なる軍事的失敗を超えていた。プロイセンという国家の存在基盤そのものが、問い直されることになった。
その翌冬、1807年から翌年にかけて、ドイツの哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテは、占領下のベルリンで連続講演を行った。後に「ドイツ国民に告ぐ」として知られるこの講演で、フィヒテは一つの処方箋を提示した。
国家の再建には、教育によって国民を作り直すしかない。強制的な教育で命令に従うことを教え、国家の望む通りの意思決定だけをする人間を育てることが、プロイセンが立ち直る唯一の道だ、と。
これは単なる哲学的言説ではなかった。国家の設計図としての提案であった。
フィヒテの思想を受けて、ウィルヘルム・フォン・フンボルトらが主導した教育改革が始まった。目標として明示されたのは、「逃亡しない、従順な徴集兵候補を育てること」であった。あらかじめ決められたカリキュラムを時間割で管理し、個々人の習熟度を度外視して学年単位で教授する。この教育法は「プロイセン・モデル」と呼ばれ、その後、ヨーロッパを越えて世界中に拡散することになる。
設計思想は明快だった。軍隊の論理そのものである。
1810年代以降、プロイセンで体系化された国民学校の目的は、知性の向上ではなかった。子どもたちに「社会での服従と従属」を教え込むことにあった。時間割は工場の始業・終業時刻への順応を訓練し、一斉授業は均質な労働力の大量生産を想定し、評価と序列は階層秩序への内面化を促した。1910年、ドイツの思想家エルンスト・トレルチはこの構造を明言している――「学校組織は軍隊組織と並列であり、公立学校は民間の軍隊である」と。
設計者たちは、子どもを育てたのではない。国家を支える部品を製造したのだ。
II. 輸入された図面――明治日本、1872年
1868年、明治維新。新政府は近代国家の建設に着手した。「富国強兵」と「殖産興業」が、その2大旗印であった。
欧米列強に追いつくためには、制度を輸入しなければならない。岩倉使節団が海外へ派遣され、政府首脳陣みずからが欧米の文明と制度を視察した。その過程で輸入されたものの一つが、学校制度である。
明治5年(1872年)、太政官は「学制」を公布した。日本最初の近代的学校教育制度に関する法令である。全国を学区に分け、小学校から大学校に至るまでの体系を一気に整備しようとするものであった。
この学制の骨格が参照したのは、フランスの学区制とアメリカの教育制度であった。しかし、その後の展開を見れば、実質的に浸透したのはプロイセン型の発想であったことが分かる。
明治19年(1886年)、初代文部大臣・森有礼は「学校令」を制定した。このドイツ式国家主義的学校制度によって、帝国大学・師範学校・中学校・小学校からなる体系が整備された。教育の目的は、国家のために奉仕する臣民を育てることへと、明確に傾いた。
1890年には「教育勅語」が発布された。忠君愛国が学校教育の中心に据えられた。
この時代に確立した装置の数々を、一覧してみる。
制服。校則。整列。朝礼。時間割。一斉授業。定期試験。成績による序列。これらはいずれも、1806年のプロイセンが設計した「国民製造」の技法と、その思想的系譜を共有している。
第二次世界大戦の敗北後、GHQの指令のもとで教育改革が行われた。1947年、教育基本法と学校教育法が公布された。個人の尊厳、教育の機会均等、6・3・3・4制の単線型学校制度、9年間の義務教育――戦後教育の骨格が確立した。
軍国主義的な内容は除去された。
しかし、図面の骨格は、残存した。
時間割は残った。一斉授業は残った。成績によるランク付けは残った。制服は残った。始業の鐘は残った。整列は残った。国家が子どもを一定の規格に沿って処理するという構造は、内容こそ変わっても、形式として生き続けた。
明治5年から数えて、150年以上が経過している。
III. 設計図を分解する
装置は、装置として機能する。そのことを、もう少し具体的に見てみる。
時間割は、何のための装置か。
四十五分ごとにベルが鳴り、強制的に学習が中断される。科目は細切れに並び、それらの間に有機的な連続性はない。これは、ある目的のための設計である――「絶え間ない中断を設けることで、学びへの自己発心を無言のうちに消していく」こと。学びを自ら求める内発的な動機ではなく、外部からの指示に従って動く習慣を、身体に刻み込むための装置である。工場の始業・終業時刻への順応を、幼年期から訓練する仕組みと言い換えることもできる。
一斉授業は、何のための装置か。
教師が1人、黒板の前に立ち、30人から40人の子どもたちが同じ内容を同じ速度で学ぶ。個々人の理解の速度も、関心の方向も、問いの質も、ここでは無視される。この形式が前提とするのは、均質な人間の大量生産である。工業的な生産ラインの論理が、教室に持ち込まれたものにほかならない。
評価とランク付けは、何のための装置か。
5段階評価、偏差値、受験による選別。子どもたちは幼いうちから、自分が階層のどこに位置するかを内面化するよう促される。服従の習慣だけではなく、自分の「価値」を外部の基準によって測定させることで、階層秩序そのものへの同意を生み出す。
制服・校則は、何のための装置か。
個の外形を均一化し、集団への溶解を促す。個性が見えにくくなるとき、集団に対する異議申し立ても起こりにくくなる。これは偶然の産物ではない。「個を抑制し、集団に従属させる」という設計思想の、視覚的な表現である。
それぞれの装置は、単独で機能するわけではない。時間割、一斉授業、評価、制服、整列は、相互に補強しながら、一つの全体像を作り上げる。
その全体像の名前は、「均質な従順性の製造」である。
IV. 工場は消えた。図面は残った。
では、2026年現在の学校はどうか。
工場の煙突は、もはや都市の風景を支配しない。製造業は自動化とグローバル化によって根本的に変容した。軍隊は、19世紀の歩兵戦術とはまったく異なる形態をとっている。「均質な労働力を大量に供給する」という社会的要請そのものが、その根拠を失いつつある。
その一方で、人工知能は人間の認知的労働を急速に代替し始めた。
文章を書く。翻訳する。データを分析する。法律文書を作成する。プログラムを書く。診断補助を行う。これらはかつて、高度な教育を受けた人間の専有物とされてきた作業である。AIは今、それらを、人間よりも速く、安価に、疲れを知らずに処理する。
では、学校は何のための人間を作っているのか。
文部科学省が新しい学習指導要領で掲げる言葉は「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実」であり、「予測困難な時代」への対応、「主体的・対話的で深い学び」への転換である。謳われていることは、正しい方向を向いている。
しかし、その「個別最適な学び」を実施するための器は、依然として、時間割に区切られた教室であり、一人の教師が複数の子どもたちに向かって立つ一斉授業の形式であり、偏差値とランク付けによる序列化である。
個性尊重を謳う制度が、画一化を強化する装置の上に乗っている。
「150年間変わらなかった教育を変えなければならない」という言葉は、近年、教育論者や研究者たちの口から繰り返し発せられてきた。しかし、その言葉が語られる場もまた、時間割に縛られた教室であり続ける。
数年後の未来が想像できない時代に、100年前の設計図が稼働し続けている。これはどういう状態と呼べばいいのか。
V. 設計図の上で、今日も整列する
始業の鐘が鳴る。子どもたちは席に着く。⸺その1つの所作のうちに、19世紀プロイセンの兵舎の残響が、いまなお消えずに響いている。
時間割、一斉授業、整列、評価、序列。これらはもともと、工場の労働者と軍隊の兵士を大量に、均質に、効率よく生産するために設計された装置であった。ナポレオン戦争に敗れたプロイセンが、国家の再建のために編み出した国民製造の技法である。明治の日本は、それを一片の躊躇もなく輸入した。富国強兵のために。殖産興業のために。
設計図を描いた者は、とうに去った。工場の煙突はもはや風景の主役ではなく、軍隊の形も100年前とは似ても似つかない。にもかかわらず、図面だけが、今日もなお、律儀に生き残っている。
そしてその図面の上で、整列しているのは⸺私たちの子どもたちである。いや、より正確に言えば、かつて整列させられた私たち自身が、今度は親となり、教師となり、同じ図面を次の世代へと手渡しているのだ。
AIが人間の労働を肩代わりしはじめた、この時代にである。
私たちは、もはや存在しない未来のために、古い設計図の上で、今日も子どもたちを整列させている。誰がそれを描いたのか。なぜ、それは更新されないのか。⸺THE DESIGNの問いは、ここから始まる。
次回、第2話「医療 ― 治すことと、管理すること」
本連載「THE DESIGN ―設計された世界―」は、当たり前に見える制度の設計図を、一枚ずつ広げていくシリーズです。お金と信用の設計図を解剖した「お金という約束」の続編として、より広い制度の輪郭を辿ります。
