母の介護9_私には無理だった
4月の診察日。このままレスパイト入院になりますようにと願いながら朝から母を着替えさせる。母の足に猫がすりすりしていた。
自宅で介護中、母の猫はずっと母に寄り添っていた。寝る時も起きている時も。
母をこのまま入院させようとする私の魂胆は自分しか知らない。何という親不孝なことをしようとしているのだろうか。
病院へ向かう介護タクシーの窓から久しぶりの外の景色を眺めていた。街路樹は沢山の新芽で赤くなっていた。それを見て母が「綺麗ね」と呟いた。広いグラウンドにはまだ桜が残っていた。よかったね。桜が見れて。車椅子では連れて行ってあげられなかったけど。
けれど、今日の帰り道でこの景色を観ることはないのだ。胸が痛かった。
診察時、医師は手紙を読んで理解してくれた。幸いなことに本日一つベッドが空くらしい。しかし何で入院するのかどう母に説明しようか。
血液ガスと肺のCT検査を行った。
血液ガスに関してはCo2は高めでありながらも前回とほぼ横ばいの結果だった。しかしCT画像を見ると前回の診察では無かったが、今回は各所に気胸ができていた。運良く肺は保たれているが、間質性肺炎でボロボロの肺はいつ萎んで呼吸困難になってもおかしくないと医師は説明した。
危険な状態で自宅で過ごしていたのだ。
母には肺が破けていて危険だから、入院になったよと伝えた。母は驚いていた。診察したら当然すぐに家に戻るつもりだったのだ。
私は大嘘つきだ。今朝から知っていたのに。今回の入院は私の休息のためなのに。
そのまま母は入院となった。
母が綺麗ねと言った道を1人で帰った。家では猫が待っていた。
母はいない。
ごめんね。私が弱いから。。。
自分の休息のための入院なのに、自分の不甲斐なさで自分を責めた。結局自分には無理だった。自宅で介護している人は沢山いるのに、私はすぐにドロップアウトしてしまったのだ。
次の日の朝、母から電話があった。
「ねぇ私どうしてここにいるの?ここにいていいの?」
なぜ入院になったのか昨日説明したのに覚えていない。
「肺の病気がひどくなったから入院になったの。そこにいて大丈夫だから」
「大丈夫なのね。わかった」
大丈夫という言葉を出すと、安心するようだった。
続く
