閑話休題 最近話題の資産形成とかFIREとか
最近、投資の話題が多い気がする。noteでもカテゴリー「投資」で見ると色々書いてる人がいるし、私も興味があるので何人か投資関連の記事を書いている人はフォローさせてもらっている。
投資に興味を持つのは悪いことではないと思うし、むしろある程度はやっておいた方がいいものではあると思っている。
ただ、なんか資産形成とかFIREとかそういう言葉も耳にするようになってきている。資産形成、FIRE、どちらも耳障りのいい言葉だけど、本当にそれ必要なのか?って思う時が多々あるので、思いつくままに書いてみたい。
まず資産形成に対する疑問から。資産形成をしたい人に尋ねたい、「あなたはなぜ資産形成をしたいのですか?」と。明確な回答を出せる人が何人いるだろうか。ちなみに「お金がたくさん欲しい」は回答として認めない。お金は単なる手段なので、「で、何がしたいの?」としかこちらとしては返す言葉がない。
お金があったら色々欲しいものも買えるし今は欲しくないかもしれないけど将来的に必要になったり欲しくなったりするものもあるだろうし、また、重い病気を患ったりして多額の医療費が必要になったりすることもあろう。だったら多分だけど「お金がたくさん欲しい」という人が本当に欲しいのは、将来必要なものが出てきた時に備えるという「可能性」と病気などのリスクに備えるという「安心」だろう。
では、その可能性と安心は資産形成をしないと手に入れられないものなのか?というのが本稿で言いたいことである。そもそも、その可能性と安心を得るためには、一体いくらの資産が必要なのだろうか。なぜ投資によるリスクを負ってまで、必要以上に資産を増やそうとするのか?
誤解のないように書いておくと、資産形成そのものを否定したいわけではない。老後や病気に備えてある程度の資産を持っておくことには意味があると思う。私が疑問に思っているのは、その「ある程度」は一体いくらなのか、ということである。
1000万円あれば安心なのか。3000万円なのか。5000万円なのか。1億円なのか。
では1億円になったら、そこで資産形成をやめるのだろうか。
ここでさらに「なんでFIREしたいのか?」につながる。FIREというからには、経済的自立を達成できるだけの資産なり収入源なりがあることが前提になると思う。
一般的にFIREしたい理由って何だろなと思う。仕事したくない、労働から解放されたいってことなのかな。それはわかる。わかるが、「労働から解放されて空いた時間で何かやりたいことがあるの?」と思ってしまう。ただ何もしたくないって、まあそれも人生、いいんだけど、本当にそんなこと(何もしないこと)が自分のしたいことなのかと真剣に考えてみた方がいいんじゃないかなとは思う。
ギャンブルやFX、株で一時的に儲けて散財してしまう人がいる。あまり、そういう人を笑えないと思う。まだ使って楽しんだ分だけ得をしているかもしれない。使う当てもない資産をひたすら増やし、ようやくFIREしたところで何もすることがない。それは本当に、散財する人より充実した人生なのだろうか。
言いたいのは、「お金を貯めることも、仕事を辞めることも、それ自体が悪いことではないが、どちらも、それ自体を人生の目的にするのは少し違うのではないか」ということ(まあそうなる人もいるかもだからあまり強くは否定しないけど)。だから重要なのは、
資産形成をするなら、その金で何をしたいのか。
FIREをするなら、その時間で何をしたいのか。
であって、そこを先に考えておかないと、目的地も決めずに、ひたすら速く走る方法だけを考えているようなものではなかろうか。
ちなみに、こんなことを書いている私自身も理由があって資産形成やFIREには興味がある。だから否定したいわけではない。むしろ興味があるからこそ、「それを達成して何をしたいのか」のほうが重要なんじゃないかと思うのである。
