ゆで卵をむくザクⅡ
映画でもドラマでもアニメでもマンガでも、巨大ロボットを操縦する場面というのはだいたい同じ構造になっている。
コクピットに乗り込む。レバーを握る。主人公が発進を叫ぶ。ロボットがガシンと動きだす。描写はそれだけだ。
どのレバーをどう動かしたら右腕が上がるのか。足を踏み出すにはどうすれば いいのか?
指を一本だけ動かすには、いったいどこをどう操作するのか?
そういうことは、誰も教えてくれない。
ヒーローはそれとなくカッコよく操縦桿を引けば、ロボットが空を飛び、敵は吹っ飛ぶ。入力と出力の間にある膨大な因果関係は、すべてブラックボックスのまま、物語は進んでいく。
そういうお約束なのだと言ってしまえば身も蓋もないが。
その疑問に、ひとつのきっかけをくれたアニメ作品がある。機動戦士ガンダムだ。
ファクトブックによると、敵対勢力であるジオン公国の主力モビルスーツ「ザクⅡ」は、手練れのパイロットが操れば、腕先のマニピュレーターでゆで卵さえ剥くことができるという。

ぶっとい鋼の指が、殻だけをきれいに取り除いて、ぷるぷるした白身を傷ひとつつけずに差し出すというのか?
どういうことだ。あの狭苦しいコクピットの中で、パイロットはいったいどこをどんな操作をすればそんなことができるのか永年ナゾだった。
それが先日「フィジカルAI」の話を聞いたとき、ピンときた。
フィジカルAIとは、ロボットや機械が、物理的な世界の中で自律的に動くための技術である。センサーで状況を読み、判断して、自ら動く。人間が「右手を30度上げろ、スピードとトルクはこのぐらいで」と細かく命令しなくても、「そこにある卵を、割らずに持て、そして殻をキレイに剥け」という意図だけを伝えれば、機械の側がその意図を実現するために必要な条件を すべて計算して実行してくれるのだ。
そういうことか!
ザクⅡのパイロットは、レバーやジョイスティック、ペダルやらを駆使して、いちいち事細かに操作なんかしていなかったのだ。
「この卵の殻をつまめ、剥け、割らないように慎重だぞ」と、素早く的確に操縦系へ入力したに違いない。あとはモビルスーツが自分でやった…
と思ったのだ。
で、ガンダムでの話はSFだが、現実世界だって負けてはいない。
ファナック、安川電機といった産業用ロボットメーカーが、NVIDIAと組んで、自社製品にフィジカルAIを載せようとしている。

従来のロボットは 「ここを溶接せよ」という命令を、一つ一つプログラムに書き込む必要があった。膨大な手間だ。ここにフィジカルAIが搭載されれば、作業者が「このパーツをつなげてくれ」と自然な言葉で伝えるだけで、ロボットが状況を読んで動く。しかも効率よく安全に。
工場だけでなく、やがて、病院の廊下を歩き回り、オフィスで書類を片づけ、コンビニのレジを打つ。そういう話が、もう向こうに見えている。人間と同じ空間で、人間のあいまいで不規則な動きに対応しながら、自律的に動く機械。それが現実の工場や店舗に入ってきそうなのだ。
現実のロボットはもう、ゆで卵くらい剥ける本当に寸前のところまで来ていて、人手不足に悩む中小企業へ静かに足を踏み入れようとしている。
