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【愛知 | 閉鎖】名古屋港イタリア村 | 名古屋市港区 | 2005年アーカイブ


名古屋港開港100周年記念事業の目玉として、2005年4月にオープンした「名古屋港イタリア村」ヴェネツィアの街並みを模した景観は当初大きな話題を呼び、初年度は約420万人もの来場者を記録した。しかし、その賑わいは短期間で終焉を迎えることになる。2008年に入ると、建築基準法違反(木造建物の規模制限超過)や工事代金の未払い、従業員への賃金遅配といった問題が次々と露呈。同年5月7日、負債額約170億円を抱えて経営破綻し、わずか3年で閉村に追い込まれた。

訪問前は「どうせ見かけ倒しのハリボテだろう」と高を括っていたが、実際に足を運んでみると、建物の造り込み自体は予想に反して丁寧なものであった。ただ、施設の中心となる「核」が存在せず、高額な物販と飲食に依存したビジネスモデルは、リピーター確保という観点では致命的な欠陥であった。

さらに、休日の入場時に課されたクーポン購入制が、ふらりと訪れる気軽さを奪うものであった。自分も買って入ったけど、結局使わないままだった。


跡地は名古屋港の「ガーデンふ頭ひがし広場」となっている。


2005年の開村時は入場無料であったが、その後混雑緩和を理由にクーポン付きで500円、その後1000円と、実質有料化し、これがリピーターを減らす原因になったと思われる。


おそらくイタリア村の目玉施設であったろう、ゴンドラ。
イタリア製のゴンドラにイタリア人の漕ぎ手。オープン当初はすごい行列ができたらしい。


イタリア村のマスコット、「ビラッジョ」の幟。


村内には、ヴェネツィアの運河だけでなく、青銅色に仕上げられた巨大な「ダヴィデ像のレプリカ」もあり、多くの来場者が足を止めて記念撮影をしていた。

また、このダヴィデ像は、当然ながらその写実的な男根ををあますところなくさらしているのだが、それを小さな女の子がずっと眺めていた。親が慌てて手を引っ張って連れて行こうとするのだが、彼女の視線は磁石に吸い寄せられるかのようにそこから離れない。
父親との比較だろうか、それとも単に男根好きだったんだろうか。

中央象「ワレワレハ ウチュウジンダ」をやるとき、このポーズになる。

かつての活況。サン・マルコ広場付近を埋め尽くす多くの来場者。
街並みの向こうには、名古屋港の海とクレーンが見える。


長崎オランダ村、ロシア村、ニュージーランド村、こうした外国を模した施設は、消え去る運命にあるようだ。
そもそも、わざわざ日本で海外の縮小版を見たいかと言われると、1回はともかくリピートまではしたいと思わない。そう考えると、安城のデンパークが今も続いているのは、むしろ珍しい部類だろう。
どうでもいいが、「ニュージーランド村」という施設は全国に三か所(広島、山口、愛媛)もあったらしいが、存在自体知らなかった。


村の中にあった教会を模したクレールの結婚式場

ここで式を挙げた人にとって、イタリア村閉村はやはり黒歴史なんだろうか。まぁ式場選びに失敗しても、伴侶選びに失敗してなければそれでいいのだろうが。
まぁ飲み会での自虐ネタにはなるね。

入口に立つ人物と比較すると、見かけより小さい建物

式場の中。
教会の結婚式に何度か参列したが、讃美歌歌わなくちゃいけないから嫌だ。


運河と賑わう人々。
ゴンドラ漕ぎのおじさんも、給料遅配になったんだろうか。


村内で唯一食べたのがこのシャーベット。
味は覚えてないけど、異様に溶けるのが早かったのだけは覚えている。


このイタリア村開村と併せたものかは不明だが、開村と同時期に名古屋市はトリノ市と姉妹都市提携をおこなっている。
この後のイタリア村閉村で少し気まずくなったりしなかったのか、なんとなく気なった。

とりあえず名古屋市の公式認識では「トリノ市=ワイン」


日本人がいまだにチョンマゲして刀を差していると思っている外人はいるようだが、外人が今でもこんな格好してると思ってる日本人はほぼ皆無…。

え?いるの?


ショッピングセンター内。
あまりブランドとか分からない自分には異空間だった。


かつてヴェネツィアの夢を売ったこの場所も、現在は「ガーデンふ頭ひがし広場」という名の、ただの平坦な空き地へと還っている。 日本各地で消えていった「○○村」の歴史を振り返れば、異国の外観だけを切り取った箱物は、時代の徒花に過ぎなかったのかもしれない。

結局、自分はリピーターにはならなかったが、あの夏に食べた異様に溶けやすいシャーベットと、ダヴィデ像の股間を凝視していた少女の視線だけは、今も記憶の隅にこびりついている。


<おわり>



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