【愛知】美浜町の河童(1回/全4回)| マイナーヒストリー | 愛知県美浜町 | (2013年~アーカイブ)
今回は、知多半島南部の美浜町、国道247号沿いの河和口駅前に立つ、独特の存在感を放つコンクリート製の河童像を紹介。
まず名前は「花ちゃん」。河童の世界が夫婦別姓でなければ、姓は「野間」のはずである。
この像は、昭和31年、町の知名度向上を目的として父母像とともに制作された。父の像は野間、母の像は河和、花ちゃんの像は河和口と、それぞれ町を代表する海水浴場に設置され、いずれもシャワー機能を備えていた。
像の設置にあわせて「かっぱカーニバル」なるイベントも開催されており、ハード・ソフト両面から町の売り出しを図っていたことがうかがえる。
しかしその後、知多半島東岸に位置する河和・河和口の海水浴場は護岸工事などの影響もあり次第に衰退していった。西側の野間周辺についても、内海を擁する南知多町ほどの賑わいには至らなかった。
海水浴場が振るわなくなるにつれ、河童像も放置状態となっていった。平成3年、国道沿いで人目につきやすい花ちゃんにはリニューアル塗装が施されたものの、その後は目立った手入れもないまま年月が過ぎていった。
こうした地元の地盤沈下に危機感を抱いた美浜町出身のある夫婦が、平成22年、河和フェリーターミナル内に河童家族をモデルとした「かっぱの家族像」を寄付建立した。
さらに翌年12月には、花ちゃんの婿・長男・長女の像と「かっぱ伝説の碑」も加わった。
これを機に機運が高まったのか、平成23年には父・野間太郎像が、平成24年には母・ゆり子像もリニューアル塗装されている。
現在は、平成23年に発足した市民団体「かっぱの家族」のもと、河童をシンボルとした地域活動が続けられている。
美浜のかっぱ伝説

河和フェリーターミナルの敷地内に建つ、かっぱ伝説にまつわる説明碑。
子カッパの和ちゃんが雨乞いで体力を失っていたにもかかわらず、川に落ちた子供を助けて自分が流されてしまうという、まさに「カッパの川流れ」を地で行く話となっている。
碑の左端には後付っぽい「つづきはうらへ」の文字。裏面にまわると物語は続いており、子供を助けてもらった村人が和ちゃんを探すために浜に集まったため、その場所は「かっぱ浜」と呼ばれ、集いと憩いの場として大きな「和」が生まれていったという。河童像が造られたのも、その話が今に語り継がれたためとある。
行方不明となった和ちゃんはその後、海に流されながらも隣村の竜宮城で保護・看病を受けて全快し、後に家族そろって幸せに暮らしたという……。武豊町(とは書いていないが隣町だし)の竜宮伝説とリンクした、ハッピーエンドな内容となっている。
とはいえ、性格が悪い粘着四十代の哀しさか、気になりだすと居ても立っても居られなくなる。
Q1. 無事だったはずの和ちゃんのコンクリ像が、なぜ造られていないのか。
Q2. 花ちゃん像が抱えている鯛は、和ちゃんの無事を知らせにきた竜宮からの使いとのこと。その恩人からの使いを、なぜ拉致るのか。
オフィシャルな話を確認しようと美浜町誌や愛知の民話集を調べたが、そもそも美浜町において河童伝説自体が見当たらなかった。地元の老人なら知っているかもしれないと、花ちゃん像付近で何人かに話を聞いてみたが、河童伝説は聞いたことがないとのことだった。
それならばと美浜町に直接問い合わせたところ、市民団体「かっぱの家族」から返答があった。要約すると「元となる民話は不明で、伝説碑の設置にあたって編集した。他にも伝説があるので『河童伝説 内海生花』のサイトを参照されたい」とのこと。
早速「河童伝説 内海生花」のサイトを拝見すると、こちらでは和ちゃんは行方不明のまま。さらに、花ちゃんが抱えている鯛は和ちゃんの好物であり、父母が和ちゃんを連れて帰ってくるのを待っているとある。
恐らく河童像が造られた当初の設定は、この「内海生花」のとおりなのだろう。和ちゃんは今も行方不明のままだし、花ちゃんは帰らぬ弟を、今も好物の鯛を持って待ち続けているのだろう。
そもそも元となる民話自体が不明なのだから、後から話が整えられていっても、ムキになることではないのかもしれない。
とはいえ、やっぱり違和感は残る。たとえるなら、「ごんぎつね」で兵十に撃たれたごんが死なずに回復し、その後和解してしまうような話だ。悲話として成立しているものを無理に丸く収めたような感じ、といってご理解いただけるだろうか。
「かっぱの苑」にある由来碑によれば、もともと「子供たちが河童のように上手に泳げるように」「水難事故にあわないように」との願いから河童像が建てられたとある。しかし肝心の河童の子供が水難事故に遭っているようでは、ザ・本末転倒である。
ちなみに美浜町誌を読むと、河童像建造の理由として「南知多町に対抗して美浜の海水浴場の知名度を上げるため」と記載されている。

かっぱの苑の「かっぱの家族」像。
離れている家族を一緒にしたいということで美浜出身の夫婦の寄付により平成22年に建てられた。
ただ、離ればなれになった家族を再び一緒にしたというのであれば、結果的に帰ってきたはずの和ちゃんが、なぜここにいないのかという話になる。

(「和ちゃんが『どくさいスイッチ』で消されちゃったよ」バージョン)
別件ではあるが、ここ以外でも河童の像を何度か見たが、たいてい単体ではなく「家族セット」で作られている気がする。
ボイン河童が出演する、「ルンパッパ黄桜」のCMも家族出演だったし、河童というものは妖怪でありながら、どこか人間臭い「家庭」のイメージがあるのだろうか。
娘河童「花ちゃん」(河和口)
この記事の主役ともいえる、名鉄河和口駅近くに鎮座する娘河童の「花ちゃん」。
遠くから見ると「実物大キン肉マン消しゴム」。

「かっぱ苑」の設定でいえば、れっきとした人妻というか河童妻であり、二人の子持ちである。
平成3年のリニューアルではデフォルトの「カッパグリーン」でなく、肌色に塗り直された上、マニキュア&口紅でお洒落な出で立ちとなった。

昭和を感じさせるタイルの台座。
昭和のアパートの便所は全部こんなだったイメージがある。

台座もリニューアル時に再塗装されたようだが、塗装の剥げたところをみると、艶があってスベスベなガラスのようなタイルだったようだ。
色落ちはあったとしても、タイル部分についてはオリジナルのままの方が良かったんじゃあないかと思う。

高倉健は背中で語るが、河童の家族は甲羅で語る。
なんとなく名乗りも任侠っぽい。
ウンチ垂れ流しだけどね。

花ちゃんが鎮座するのは貝の上。なんで貝の上なのかは知らないが、時は昭和30年代、秘宝館テイストによるものだろうか。

シャワーカッパ時代の痕跡である管。
どこからシャワーの水が出ていたのかという点で秘宝館的にも股間だったと思いたいのだが、「かっぱの家族」さんからのメールによると、残念ながらシャワーは台座(当時はもっと高かった)に設置されており、河童本体からは水は出ていなかったとのこと。
それはそれとして、ここまで配管が来ている以上、台座上の花ちゃん本体からも噴出していたと思われるのだが、調べても分からなかった。

台座背面。
かなりムラムラしている。
いや、自分じゃなくて塗装がね。

護岸工事の際、台座はカットしたのか、そのまま埋めてしまったのか気になっていたが、設置の境界を見る限りは埋まっているようだ。

行方不明の弟(?)和ちゃんの好物である鯛を持ち、その帰りを待ちわびる花ちゃんであるが、釣り上げた鯛を誇らしげに見せびらかせているようにしか見えないのは、かえすがえずも残念である。

リニューアル再塗装を受けて、15年近く経っているのでかなりお肌が痛んできている。
まぁ、水棲妖怪なので鱗だと思えば、そう見えないこともない。

お肌のアップ。
ロボっ子ビートンみたいな青色が透けて見える。

河和口駅と国道247号と花ちゃん。
やはり大便垂れ流し。

次回、花ちゃんの続き
<つづく>
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