【エッセイ】一人で回転寿司に行けた日、変わったのは値段じゃなかった
昨日は特別な予定があったわけじゃない。
ただ、家にいるとソファでスマホを触ってしまって進まない気がして、タリーズで一人会議をした。
やることを書き出して、学校のプリントの整理をして、少し頭の中を整える。
その流れでワークマンに寄って、息子たちの必要な肌着やポロシャツを買い足して、散歩がてら外を歩いた。
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歩いている途中、ママチャリで移動している3人組を見かけた。
たぶんママ同士でランチに向かう途中だったのかもしれない。
そのあと入ったはま寿司でも、隣の席には同じように仲間と来ている人たちがいた。
一人で来ている自分と、誰かと一緒に過ごしている人たち。
どちらが上とか下とかではなくて、ただそれぞれの休日の形が同じ空間に並んでいるだけだった。
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昨日は、一人でテーブル席に座った。
これまでも一人で回転寿司に行ったことはあったけど、その日は少し違った。
何かのついででもなく、特別な理由でもなく、
ただ「食べたい」という気持ちだけで来た。
そのときふと、
“出来ないんじゃなくて、そう思い込んでいただけかもしれない”と思った。
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少しだけ罪悪感みたいなものもあったけど、
それ以上に「普通に一人で座って食べている自分」がいた。
寿司6巻に、ラーメン、さらに茶碗蒸しまで追加して、結局1000円ちょっと。
コスパがいいなと思ったのは事実だけど、
それは本質じゃなかった気がする。
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コスパは、あとからついてきた理由みたいなものだった。
本当はただ、自分の「食べたい」をそのまま選べたことが大きかった。
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今日残しておきたいのは、値段でも、コスパでもなくて。
自分の欲を、そのまま扱えた感覚。
一人で回転寿司に行けた日、変わったのは値段じゃなかった。
変わったのは、自分の選び方のほうだった。
ちょっとしたことに自分を優先するという感覚を、少し忘れかけていたのかもしれない。
あの頃は、目の前にいる子どもたちや家族のことで精一杯だったのだと思う。
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