AIとの対話が減っても、思考は止まらない
しばらくnoteの投稿が止まっていた。
以前は週に2本くらいのペースで書いていたけれど、最近はそのペースを少し見直している。
noteを書くこと自体は楽しい。
AIとの対話を記録し、そこから自分の考え方や創作の変化を取り出していく作業は、
今の自分にとってかなり大事な時間になっている。
ただ、その一方で、noteを書き続けることに時間を使いすぎると、
本来やりたかった創作の時間が削られてしまう。
それは少し違う気がした。
だから、無理に週2本を守るのではなく、週1本くらいのペースに落として、
創作とnoteの両方が続く形にしようとしていた。
ところが、ここ最近はその週1本の投稿すら少し止まっていた。
仕事の方で、少しややこしい案件を抱えていた。
考えることが多く、確認することも多く、頭の中でいくつもの条件を保持し続ける必要があった。
その影響もあって、AIとの対話の頻度も、以前より目に見えて減っていた。
以前の自分はこんな風に思っていたかもしれない。
AIと話していない。
noteも書けていない。
つまり、自分の思考が止まっているのではないか。
でも、今回の実感は少し違っていた。
AIにプロンプトを打ち込む手は止まっていた。
noteの記事も書けていなかった。
けれど、頭の中ではむしろかなり強く思考が動いていた。
ただ、その動き方がいつもと違っていた。
AIと話している時の思考は、かなり外へ広がっていく。
自分の中にある違和感や、まだ形になっていない考えをAIへ投げる。
すると、返ってきた言葉をきっかけに、別の角度から考え直したり、過去のログと接続したり、思わぬ方向へ話が伸びたりする。
この思考は、かなり楽しい。
雑談から思想ログが生まれたり、創作の詰まりがほどけたりする。
僕がnoteで書いてきたAIとの付き合い方は、かなりこのモードに近い。
仕事の現場では、別の種類の思考が必要になる。
一方で、仕事で思考を巡らせる場合は少し異なる。
目の前にある条件を、頭の中に一度保持する。
資料の内容。
現場の制約。
相手の要望。
過去の経緯。
使える手段。
避けるべきリスク。
それらを短期記憶の上に並べて、どこをどう繋げれば破綻しないかを考える。
これは、AIと対話しながら広げていく思考とは少し違う。
広げるというより、組む。
散らすというより、保持する。
問いを増やすというより、今ある条件の中で、何とか通せる道を探す。
このモードに入っている時、AIを開くことが必ずしも助けになるとは限らない。
もちろん、あとで整理するにはAIが役に立つ。
でも、その瞬間に頭の中でギリギリ保持している条件がある時、
外から言葉が入ってくると、かえって糸がほどけることがある。
事務所で作業している時に、「ちょっといいですか」と声をかけられる。
ほんの短い確認だったとしても、その瞬間に頭の中で組んでいた条件の束が、一度ばらける。
今どこまで考えていたのか。
何と何を繋げようとしていたのか。
どのリスクを避けようとしていたのか。
その糸をもう一度手繰り直すのに、思った以上にエネルギーを使う。
たぶんこの期間、僕の頭はずっとその状態だった。
AIと話していなかったから、思考が止まっていたわけではない。
noteを書けていなかったから、何も考えていなかったわけでもない。
むしろ、AIと話す余白をいったん脇に置いて、
目の前の仕事を処理するための「現場実装モード」に入っていたのだと思う。
これは、少し発見だった。
AIとの対話は、自分の思考を広げてくれる。
でも、人間の思考は、いつも広げていればいいわけではない。
広げたものを、どこかで手元に戻す必要がある。
実際の仕事に落とす。
生活に落とす。
創作の作業に落とす。
手順にする。
判断にする。
線を引く。
そういう、手元で組む時間も必要になる。
AIと話している時間だけが、思考している時間ではない。
AIと話していない時間にも、AIとの対話で育った見方や言葉は、頭のどこかで動いている。
仕事で条件を整理している時も。
作業の段取りを考えている時も。
疲れていて何も書けない日も。
たぶん、完全に止まっているわけではない。
ただ、表に出る形が違うだけだ。
そう考えると、noteの投稿が少し止まっていたことも、単なる失敗とは少し違う気がしてきた。
もちろん、継続は大事だ。
書き続けることで、読んでくれる人との接点も生まれる。
自分の思考ログも積み上がる。
でも、無理に書き続けて、創作や仕事や生活の方が崩れてしまっては意味がない。
人間は疲れる。
忘れる。
集中力も有限だ。
だからこそ、続けるためには止まる時間も含めて設計する必要がある。
今回の空白期間は、僕にとって少し呼吸を整えるものだったのかもしれない。
AIとの対話で思考を広げる時間。
仕事の現場で条件を組む時間。
創作のために頭を休ませる時間。
noteへ戻って、それらを言葉にする時間。
その全部が繋がって、ようやく自分の活動は回っている。
AIとの対話が減ったのは、思考が止まったからではなかった。
頭の使い方が、別のモードに切り替わっていただけだった。
そして今、少しだけ呼吸の余白が戻ってきた。
だからまた、こうしてnoteを書いている。
無理に毎日燃やし続けるのではなく、消えないように火を守りながら。
少しずつ、自分のペースで戻っていこうと思う。
