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人間の火を灯し続ける話

最近はずっとAIのことを考えている。
と言っても別に、最先端の技術を追いかけているわけじゃない。

仕事でAIの話を聞き、
創作でもAIを使い、
noteでもAIとのやり取りを書いている。

だから自然とAIの話題に触れる機会が増えた。
でも、不思議なことがある。

AIのことを考えているはずなのに、
気付くと最後は人間の話になっているのだ。


例えば同人誌。

即売会へ行くと、
朝早くから人が並んでいる。

重い荷物を抱えて、
暑い中を歩いて、
何時間もかけて会場へ向かう。

合理性だけで考えれば、
割に合わない。

それでも人は行く。
好きだからだ。


創作もそうだ。

漫画を描く。
ネームを考える。
構図を悩む。
ポーズを探す。

描いては消して、描いては直してを繰り返す。

正直しんどい。
時間もかかる。

それでも描く人は描く。
好きだからだ。


仕事でも似たようなことを感じる。

仕事の現場にいると、
「AIが全部やってくれる」
という話を聞くことがある。

でも実際の現場は、そんなに単純じゃない。

本当に価値のある知識は、
会議室の議事録ではなく、

休憩時間の雑談だったり、
飲み屋での愚痴だったり、
何気ない一言の中に混ざっている。

そこには、その人が長年積み上げてきた経験や、
失敗や、悔しさや、こだわりが詰まっている。


最近、AI活用について考えていて、
一つだけ確信していることがある。

AIは人間の代わりになるために存在するのではない。
少なくとも、僕はそういう未来を見たいわけじゃない。


AIがワンピースを描く未来ではなく、
もっとワンピースを描ける人間が増える未来を見たい。


AIが漫画を描くのではなく、
描きたい人が描き続けられる未来。

AIが考えるのではなく、
人間がもっと考えられる未来。

AIが人を減らすのではなく、
人間の試行回数を増やす未来。


結局のところ、
僕が見ているのはAIではない。
人間だ。


何に怒るのか。
何を面白がるのか。
何に執着するのか。
何を好きになるのか。
何のためなら時間を使えるのか。


そういうものを見ている。
そして、それら全部の中心には、
説明のつかない熱量がある。
その熱量のことを、勝手に「人間の火」と呼んでいる。


人間は合理性だけで生きていない。
効率だけでも生きていない。
お金だけでも生きていない。

だからこそ面白い。


AI時代になればなるほど、
知識や作業能力は均されていくのかもしれない。

でも、何に火が付く人間なのか。
そこだけは簡単には均されない。


だから僕は、人間の火を軽く扱いたくない。

それは創作でも、
仕事でも、
AIでも、
たぶん同じことなのだと思う。

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