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夜に長時間を費やすよりも、朝の30分を創作に充てる

創作を続けていると、どうしても「時間がない」という壁にぶつかる。

仕事がある。
生活がある。
家事もある。
移動もある。
疲れて帰ってきて、気づけば夜になっている。

そこから机に向かって、ネームを描こうとする。
でも、思ったように進まない。

頭では、やることは分かっている。
描きたいページもある。
決めたいコマもある。
少しでも前に進めたい気持ちもある。

それでも、夜の疲れた頭では、なかなか創作に入っていけない。


以前の僕は、そこでこう考えていた。

もっと時間を増やさないといけない。
もっと夜に粘らないといけない。
休日にまとめて進めないといけない。

でも最近は、少し考え方が変わってきた。
問題は、単純に「創作時間が足りない」ことだけではないのかもしれない。
創作に渡している自分の状態が、あまり良くなかったのではないか。
そう思うようになった。


夜の自分は、もうかなり使い切っている

仕事が終わった後の頭は、思っている以上に疲れている。

一日分の判断がある。
人とのやり取りがある。
移動がある。
細かい確認がある。
予想外の割り込みもある。

そういうものを処理した後の頭で、さらに創作の判断をしようとする。

これは、かなり重い。
漫画のネームは、単に手を動かせば進む作業ではない。

どのコマを大きくするか。
どこで視線を止めるか。
どの表情を見せるか。
どのセリフを削るか。
読者にどの順番で感情を渡すか。

そういう判断の連続になる。
だから、疲れた夜の頭で無理に進めようとしても、筆が止まる。

進まない自分に焦る。
焦るから、余計に手が止まる。
そのまま時間だけが過ぎていく。

そういうことが、よくあった。


朝の30分は状態が違う

そこで最近、朝の時間を少しだけ創作に渡すことを考えるようになった。
長い時間ではない。30分くらいでいい。

朝のノイズが少ない30分は、夜の疲れた2時間とは同じではなかった。

仕事の連絡も少ない。
SNSもまだ開いていない。
余計な用事も入ってきていない。
頭の中に、少しだけ空きがある。

その状態で机に向かうと、夜には動かなかった判断が、少しだけ動くことがある。

大きく進める必要はない。
1ページ完成させなくてもいい。
長時間描けなくてもいい。
完璧なネームにしなくてもいい。

ただ、昨日迷っていた1コマを決める。
次に描くページの入り口だけ作る。
セリフを1つ削る。
構図の候補を1つ置いてみる。

それくらいでいい。

朝の30分は、たくさん作業するための時間というより、
創作に必要な判断をひとつ進めるための時間なのだと感じた。


夜を、翌朝のための準備を行う時間に充てる

夜の役割も少し変わってくる。
夜に無理やり創作を進めるのではなく、翌朝の自分が迷わず机に向かえるようにしておく。

たとえば、次に見る資料を開いておく。
描きたいページだけ机に出しておく。
翌朝やることを1つだけメモしておく。
YouTubeやSNSのタブを閉じておく。
机の上を少しだけ片付けておく。

それくらいでいい。
夜の自分に、完成まで求めない。

夜の自分は、翌朝の自分へバトンを渡す。
朝の自分は、そのバトンを受け取って、少しだけ創作を進める。

このくらいの役割分担にした方が、自分には合っている気がしている。

前回、「何も進まなかった日」を回復日として扱う話を書いた。
あれは、動けない日を失敗として扱わず、次に戻るための時間として定義し直す話だった。

僕の朝の30分は、それの発展だと捉えている。

夜は一日を閉じる。
朝は、まだ荒れていない頭を創作へ渡す。
そうやって、少しずつ創作に戻る道を作っていく。


AIとの日誌で、自分のリズムが見えてきた

この考え方に気づけたのは、AIとの日誌があったからだと思う。
僕は、その日の終わりにAIと話しながら、創作日誌を書くことがある。

今日は何ができたのか。
何ができなかったのか。
どこで疲れたのか。
何が重かったのか。
明日は何を少しだけ進めたいのか。

そういうことを、かなり雑に話す。
最初から立派な分析をしようとしているわけではない。
むしろ、疲れた日のログは、ただの愚痴に近い。

夜は集中できなかった。
机に向かったけど、ネームが進まなかった。
朝の方が少し頭が軽かった。
昼以降は仕事のことで頭が埋まっていた。

そういうログを積み重ねていくと、少しずつ自分の傾向が見えてくる。
AIが僕の代わりに正解を決めるわけではない。

でも、日々のログを一緒に眺めていると、自分では見落としていたパターンに気づくことがある。

夜に根性で粘るより、朝に少しだけ触った方が進む。
疲れている日は、判断が必要な作業より、翌日の準備の方が合っている。
創作を続けるには、時間の量だけでなく、どの状態の自分を机に座らせるかが大事になる。

そういうことが、少しずつ見えてきた。


創作は、根性ではなく運用で続ける

創作を続けるには、もちろん気合いが必要な瞬間もある。
でも、毎日ずっと気合いだけで走るのは難しい。

仕事もある。
生活もある。
体力も減る。
気温にも削られる。
予想外の用事も入る。

その中で創作を続けるなら、ただ「頑張る」だけでは足りない。

自分がどの時間帯に動きやすいのか。
どの作業なら夜でもできるのか。
どの作業は朝に回した方がいいのか。
何を前日に用意しておけば、翌朝の自分が迷わず始められるのか。

そういうことを、少しずつ設計していく必要がある。

創作時間を増やすことも大事だ。
でも、それ以上に、創作に渡す自分の状態を整えることが大事なのだと思う。
疲れ切った夜の自分に、無理やり全部を背負わせない。

夜は閉じる。
朝に渡す。
朝の自分が、少しだけ創作に触れる。

それだけでも、止まっていたものが少し動く。


創作時間を増やすより、朝の30分を創作に渡す。

これは、すごく大きな改善策ではない。
劇的に原稿が進む魔法でもない。
でも、今の自分にはかなり現実的なやり方だと思っている。

創作を続けるためには、たくさん描ける日だけを前提にしない方がいい。

疲れている日もある。
進まない日もある。
夜にもう何もできない日もある。

それでも、翌朝の30分だけなら、少しだけ机に戻れるかもしれない。

1コマだけ決める。
1行だけ削る。
資料を1つ開く。
昨日の迷いを1つ減らす。

その小さな積み重ねで、創作は少しずつ前に進む。
AIは、僕の代わりに漫画を描く相手ではない。
でも、僕がどうすれば創作に戻れるのかを、一緒に観測してくれる相手にはなっている。

だから今日も、夜の終わりにログを残す。
そして明日の朝、少しだけ良い状態の自分を創作に渡す。

それくらいの地味な運用で、これからも創作を続けていきたい。

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