高IQ者への誤解編
高IQ者に対する期待値は、少し高すぎる気がしている。
以前、有料版で「夫の正体」という話を書いたことがある。
もしあれを、冒頭だけでも読んだ人がいたなら、うすうす気づいた人もいるかもしれない。
夫は一部の界隈では割と名前が知られているが、当然ながらアンチもゼロではない。
特にIQテストの文脈では、
自分の思う結果が出なかったときに
「テストの信憑性」を疑い始めたり、
「本当は自分の方が高い」と
どこかにしがみつこうとする人は一定数いる。
これは別に、知能の高低に限った話ではない。
どこの界隈にもある、ごくありふれた反応だと思う。
ただ、私のこれまでの実感としてひとつあるのは、
他者の足を引っ張ることに執着する人の中に、本質的に高い知性を感じたことは、あまりない。
世界そのものに興味が向いている人は、
他人を引きずり下ろすことに時間を使わない。
そんなことをしなくても、
十分すぎるほど面白いものが、
目の前に転がっているから。
とはいえ
人間なので、
知能がどれだけ高くても
愛情なしに孤独を引き受け続けるのは難しい。
それなのに
なぜか「高IQ者」に対してだけは、
どこかで聖人君子であることを求められる。
感情に振り回されず、
常に正しく、
冷静で、
欠点がなくて当然だと。
知能が高いというだけで、
人間であることまで免除されるわけではないのに。
いつの間にか、
人ではない何かのように扱われている。
高知能だと、完璧な人間であるに違いないという感覚はどこからくるのだろう。
そうあってほしいという願望なのか、
どこか宗教的なものなのか、
それとも、単純に崇めたいのか。
実際には
脳の出力が少し違うだけの話で、
身長が高いとか、そういう違いに近い。
でも不思議なことに
身長が高い人には「高いね」で終わるのに、
目が綺麗な人には「綺麗だね」で終わるのに、
知能の話になると、急に重くなる。
褒めるときでさえ
「すごくいい人なんだろうね」とか、
「それだけ賢いのにどうして…」とか、
能力の話だけで終わらない。
なぜかそこに
人格までセットで期待される。
たぶん多くの人にとって
知能はただの差ではなく、
どこかで上下として感じられてしまうものなのだと思う。
だからこそ
羨望も、反発も、期待も、失望も、
全部まとめて乗ってしまう。
ただの特性のひとつでしかないはずなのに。
そんな事をおもいながら
私自身も頭では理解しているつもりなのに
やっぱりどこかで
高IQ=万能
みたいなイメージは、完全には抜けきらない。
