(ショートショート)現金な奴
街を流れる空気は、いつの間にか目に見えない電磁波とデータの羅列に書き換えられてしまったかのようだ。
誰もがスマートフォン一つで、実体のない数字をやり取りしてスマートに「決済」を済ませていく。
「お次の方どうぞ」
コンビニのレジに立つ僕の指先は、バーコードリーダーを機械的に動かしている。
僕はZ世代と呼ばれる年齢だ。
デジタルネイティブとして、この加速する社会の最先端にいるはずなのに、僕の財布の中にはいつも、古めかしい紙幣と硬貨が詰め込まれている。
「現金な奴だな、僕は」
自嘲気味に呟く。
本来なら「打算的」という意味で使われるその言葉は、今の僕にとっては「現金でしか払えない時代遅れの男」という、滑稽な皮肉として胸に響く。
レジの向こう側では、同年代の客たちが得意げにスマートフォンをかざし、電子音が鳴るたびに支払いが終わっていく。
そのスピード感についていけないまま、僕は今日も、誰かのために用意された「便利さ」の歯車の一部になっていた。
そんな時だった。
「あの、現金ではだめですか?」
目の前にいた若い女性の客が、少し不安そうに財布を覗き込んで尋ねてきた。
あいにく、その時のレジはキャッシュレス専用の不具合対応中で、現金が扱えない設定になっていたのだ。
「申し訳ございません。今は、受け付けられないんです」
お断りの言葉を口にしながら、僕の心の中は申し訳なさで溢れていた。
現金派の僕が、現金を拒まなければならない矛盾。
彼女の困ったような顔を見ていると、まるで自分自身が否定されているような、やりきれない痛みが走った。
「そっか。ごめんなさい、また来ます」
彼女は小さく会釈をして、何も買わずに店を出て行った。
指先に残る、硬貨の冷たさや紙幣の感触。
かつて、お金には「重さ」があった。
手渡し、お釣りを数え、財布に収める。
その一連の動作の間にあったはずの、血の通ったやり取り。
便利な世の中になった。
けれど、効率を追い求めて数字だけが飛び交うこの光景の中で、僕たちは何か大切な「手触り」のようなものを、どこかに置き忘れてきてしまったのではないだろうか。
自動ドアが閉まる音を聞きながら、僕は再び、無機質なレジの光の中に自分の居場所を探し始めた。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
