(ショートショート)どうか縛らないでください
最近、急に寒くなってきた。
昨日までの暑さが嘘のような朝の冷気に、白鳥 美音はバス停で小さく身震いした。
高校二年生、十七歳。
イヤフォンを繋いだスマホを握りしめ、お気に入りのロックミュージックの音量を上げる。
美音の世界では、ネットもリアルも、くだらない芸能人の噂や、どうでもいい話題で持ちきりだ。
そのざわめきを遮断するため、通学のバスではこれが彼女のルーティンだった。
(くだらないゴシップに、よくあんなに夢中になれるわ)
心の中で軽蔑しつつも、その熱量には感心する。
窓の外の景色が流れるのを眺めながら、目を閉じて音楽に集中していると、「トントン」、と肩を叩く音で現実に引き戻された。
慌てて振り向くと、そこには同じクラスの凛香が、友人と顔を寄せ合って立っていた。
「ねえ美音、聞いた?俳優のAとアイドルのB、やっぱり付き合ってるんだって!どう思う?」
「ごめん。聞いてなかった」
美音が正直にそう答えた瞬間、周りの雰囲気が一変する。
凛香の隣にいた女子が、目を見開いてヒソヒソと話し始めた。
「何、あのこ?聞いてなかったって何?」
「私たちの会話、馬鹿にしてるよね?」
「芸能界のことなんて、どうでもいいって思ってるんでしょう?」
美音の胸に、いつもの、苛立たしい熱が込み上げてくる。
(あぁ、うざい。この同調圧力、本当に嫌だわ)
好みも価値観も、人それぞれ違うのが当たり前なのに、なぜこの小さな集団の中では、皆が同じ話題に乗らないといけないのだろう。
美音は、口の中に湧いた辛辣な言葉をぐっと飲み込み、再び窓の外へと視線を向けた。
学校に着き、誰もいなくなったバスの車内で立ち上がる。
重い空気を背負ったまま、最後に美音はバスを降りた。
美音はそのまま校門には向かわず、誰にも聞こえないだろう
空に向かって、両手の拳を強く握りしめ、胸の内の声を解き放った。
「くだらないエンタメニュースで『どうか私を縛らないでください!』好みも価値観も、みんなそれぞれ違うんだから!」
誰も聞いてない、完全に独り言だと思った。
だが、バスの運転席から、静かにこちらを見ていた運転手さんが、無言で、しかし力強く右手をスッと上げて敬礼したのだ。
美音は一瞬で顔を真っ赤にしたが、運転手さんが微笑んでいるのを見て、力が抜けるように体が緩んだ。
バスが大きな音を立てて去っていくのを見送りながら、美音の口元に、ふっと小さな笑みが浮かんだ。
(私の声、ちゃんと聞こえてたんだ)
誰も認めてくれないと思っていた心が、ほんの一瞬、肯定された。
美音は、縛りのない青い空を仰ぎ、胸を張って、自分の足で、一歩ずつ校門へと歩みを進めた。
おしまい。
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ありがとうございました。
