(ショートショート)すすき(虹色創作部)
秋が深まってきた。
杉野 正雄、六十歳。
去年の春に定年退職し、時間だけが無限にある生活だ。
両親はすでに他界し、今は誰も住んでいない田舎の実家へと車を走らせていた。
道中、すすきが覆う草原で、楽しそうに遊ぶ子どもたちの笑顔が目に留まる。
その光景に、遠い昔の記憶が呼び戻された。
若い頃、妻と二人の子どもと送っていた、暖かく、満たされた日々。
もし、自分があの時、強く、正しく振る舞えていたら。
今の孤独な結果は、すべて自分の弱さが招いたものだ。
「優しい上司」を目指し、後輩の女性の相談に乗り続けた。
その結果、後輩が勘違いし、やがて不倫の噂となり、家族は壊れ、離婚に至った。
優しい上司にはなれなかった。
当時の同期の男性に言われた言葉が、今も耳に残る。
「正雄、それは優しさではない。本当の優しさは、目に見えないものだ」
優しさとは、時に残酷な形として残る。
あの時、頼りがいのある上司を演じようと、自分を偽り、「厳しさこそが優しさだ」という本質を見誤った。
もし、自分が強かったら。
今頃、妻と二人でいろんな場所を旅し、笑い合っている未来があったかもしれない。
草原で遊びまわる子どもたちと同じくらいの年齢の、孫がいたかもしれない。
すすきに覆われた草原をミラー越しに見つめる。
憂いを帯びた表情をした自分が、そこに映っていた。
すすきの花言葉は「活力」「魔除け」そして「隠退」「憂い」「物思い」。
今の自分を表す、すべての言葉だ。
「後戻りはできない」 正雄は、車を道の脇に寄せ、深呼吸した。
(せめて、ここからだ)
帰りに、このすすきを積んで帰ろう。
ただの憂いの象徴としてではなく、「活力」というもう一つの花言葉を胸に刻むために。
正雄は、そう決意して、秋模様の空を見上げた。
おしまい。
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ありがとうございました。
